6-1 手のひら理論ーーつかみから押さえへ

(この項は主にインドアクライミングについて言えることであり、アウトドアではあまり該当しない)

 鉄棒理論とは少し外れるが、手によるホールドの保持ということも、非常に重要である。まずビギナーが陥るのが、手によるホールドの「握りこみ」である。クライミングにおいて、握りこみは99%御法度である。

 ビギナーは壁に取り付いて2-3回目まで、極端な「握りこみ」が起きる。壁に張り付いているだけで腕がパンパンにはれ上がるのである。これをどう解決するかだが、特効薬はない。危ない、落ちる!というメンタルなことが原因だから、慣れるまで待つしかない。少なくとも、意識して「握りこまない」ようにしようとするぐらいだ。

 ただし、「握りこみ」はそれで卒業か、というと必ずしもそうではない。この問題が顕在化するのは、クライマーが垂壁やうすかぶりに慣れ、スローパーの横引きやオーバーハングに挑戦するときに、隠れていた持病のように再び現れる。

 

 ホールドを捉える手の動きには、次のような段階がある。

 「握りこみ」→「手指・手のひらを使ったコントロール」→「手指による、方向性のみの押さえ(引っ掛け)」

文章表現には限界があるので上図で違いを示す。①はビギナーによるいわゆる「握りこみ」である。そして②の「つかみ」は「手指・手のひらを使ったコントロール」で、日常の一般的なホールドの保持と考えれば、間違いではない。ふつう、なんらかの手がかりをつかめ、といった場合、誰もが行う保持の仕方である。日常生活ではこれで良い。

 しかし、クライミングでは少し違ってくる。足に体重を逃がせる垂壁で上から下に引くホールドでは、おおむね②の方法でもいい。ただし、つかむ場合でも、出来るだけ軽く、できることなら指数本で触れている程度がいい。それは、つかむことが身体の姿勢を調整しよう、という身体の動きとして現れ、手を使うことになり、パンプの原因となるからだ。このことは、鉄棒理論や2点支持・3点支持の節でも述べたとおりだ。

 

 しかし、(インドアで)10c-dになると、下引きばかりでなく、ストーンを掴んで使うことができない横引き、斜め引き、スローパーが出てくる。こうしたイレギュラーなホールドは手の引きを強くすることで、保持の力を得ることになる(垂壁で下に引くホールドでは、足に体重が乗っていて、そこまで引きを強くする必要はなく、むしろ反対で、軽く押さえるのがよいわけだ)。

 そうした場合、③のホールディングの方法(手指<実際は第1~第3関節の指の腹>による押さえ、引っ掛けが有効になる。

 この手の使い方は、身体の、張力の方向ないし重力の方向だけをとらえている。つまり、安定性、安全性のためにストーンそのものをつかむ、ないしコントロールする、という通常の動きをほとんどやめている。

 

 こうした③のタイプの保持の仕方は、どのようなメリットがあるのだろうか?

 まずメリットのひとつ目は、省力化による手のパンプ回避である。そもそもクライミングで、日常的な保持の方法、つまり、「安全性、安定性のため、ホールドが手から滑り抜けたり、ずれたりする、ことを防止するため、ホールド自体をつかむ、ないしコントロールする」という動きが本当に必要か、ということがある。

 たとえばクライミングシューズでスタンスを捉える動きは、単にソールで押さえているだけである。それで足は滑らないし、外れない。だいたい足でホールドを掴めるわけがない。

 この足の押さえと同じことを手の平、手指でやってほしい。なぜ、そうするかというと、鉄棒理論で手(前腕)によるコントロールがいちばん良くないと述べたことを思い出してほしい。つまりホールドを掴むという動作は、とりもなおさず身体を手でコントロール、つまり保持することを意味するからだ。

 クライミングは若干の保持ぐらいであっても、如何に余分なことをしないかが重要なのだ。これをやめると、手のパンプ防止にかなりな効果がある。

 ただし、この押さえは足元が悪かったり、バランスが難しくなると、圧が強い場合ほど有効だ。それはクライミングシューズでスタンスに立つ場合と同じなのだ。

 メリットのふたつ目だが、手で掴むということが、どういうことか、今一度、考えてみてほしい。それはストーンにさわる手の多くの面で、ホールドを捉えることを意味する。無意識的に、安全で安定性をもたらす持ち方をしてしまう。

 しかしそのことによって、失われるものがある。手から伝わってくる、張力の方向、あるいは地球の単一な重力方向の情報を、自分の力で自ら遮断ないし混乱させてしまう。

 たとえばレイバックやスローパーの横引きで、足が不安定だとバランス保持が難しい。このようなとき、ホールドをわしづかみにしていると、張力の方向が伝わってこない。単につかみようもないホールドをわしづかみにしているだけだ。要するに、張力や重力の方向を捉えようというのなら、つかまず、手指にかかってくる圧の感触でとらえるわけだ。

 ただ、この程度のことは、少し登っていれば分かってくる。実はめざしているのはオーバーハングである。ここでさほど珍しくもない手のひら理論をこと改めて取り上げているのは、オーバーハングの登りを説明するためだ。オーバーハングの極意は意外にも、手のひら理論にあることを、つぎの節で説明していきたい。


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