5-8. フォームのまとめーーA,B,Cモードから身体の動きを押さえておく

 

 

 2章(2-4,5)においてフォームがクライミングのために必要な基本要件からの力学と、重力を捌くパラダイム転換のいわゆる2面性を持っていることを解説した。

 ふつう教本では、3段論法的に身体の動きを組み立てる方法として、フォームやムーブを学ぶ。いわゆるハウツーだ。しかし、それをしても、往々にして狙いの動きの実現に至らない。似てはいるがどこかちがう、ということが起こる。それは重力に対する視点と、それの捌きが抜け落ちているからだ。

 この節では、いままで誰も試みてこなかった重力のパラダイムの視点(A、B、Cモード)で個別のフォームを位置づけ、フォームの本当の姿をみることにする。

 この3、4章でいろいろな個別のフォームについて、細部にわたって詳説した。それは、これまでの通念、つまり平板なハウツー論を是正するためであった。

 しかし実際のところは、そうした細かいことよりも、フォームを大枠で捉え、動きの本当の意味を知ることの方が大切だ。

     

 極端なことを言うと、この節だけで、クライミングのフォームのなんたるかが、理解できるはずである。

 なお、A、B、Cモードについては、2-4でそれがどういうものかを説明している。飛ばして、この節だけを読んでいる人は、そこでの説明をみてほしい。 

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  個別のフォームについて、重力の捌き、つまり、どのような重力パラダイムの実現を行うべきか、について以下に見ていくことにする。

 

<静的(アイドル時の)フォームにおけるパラダイム転換  

 イ)正対・・・これは歩行の動きと同じであり、重心はつねに両足の間にあって、まさしくA、Bモードであり、そのうち、身体の正面を壁に向けている姿勢を言う。開いた両足が邪魔をするので、静止状態での運動域は狭くなる。また、オーバーハングでは身体が開くモーメントをまともに受けるので、オーバーハングの登りには適さない。

 

 ロ)体側姿勢 ・・・体側姿勢は重力の位置を問題にしていない。したがってAでもBでもなく中立的なのだが、実際にこの姿勢をとってみると、重心は両足のあいだからはずした方が楽なので、自然にそうなる。軽いCモードになっている。

             

 ハ)鉄棒理論・・・手を伸ばすというフォームなので、これも重力の位置は関係がない。しかし身体の保持として、自然に楽な方、つまり軽いCモードになる。手を伸ばすという動きは、身体を真下に置くよりも、やや斜め下に置いた方が楽なのだ。

              

 ニ)ティルティングおよび2点支持・・・ティルティングは身体を左右どちらかに傾けるわけで、重心を片方にはずすことになるから、まさしくCモードになる。

 ホ)フラッギング・・・

              

 へ)身体のリフトアップ・・からだのひねりこみ、ないしは胸郭の起こしであり、パラダイムの転換とは関係しない。

 

<動的フォームにおけるパラダイム転換>   

 ト)ハイステップ・・・アイドル時のフォームである正対の動的フォームだと言える。動的ではあるが、重心は常に両足のあいだにある。したがって歩行のパラダイムの枠内のBモードある。ハングの登りでは、うすかぶりの乗り込みで使うが、傾斜が強くなると使えず、ハングの基本の登りとしては適さない。

 

 チ)カウンターバランス・・・4章のカウンターバランスで詳しく述べている。そこで見たように、カウンターバランスと呼んでいる動きには、BモードCモードの2つのタイプがある。私は重心が両足の間にある前者を(1)ボルダーカウンターバランス、重心を両足の外に出す後者を(2)平衡カウンターバランスと呼んでいる。

 両者の運動域の広さは状況(ホールド)によるのだが、インドアなどでは(1)が優れている。ただ、このボルダーカウンターは省力性に欠け、モードの(2)平衡カウンターバランス方が持続的な登りに向いている。

 

 リ)切り返し・・・これは結局、カウンターバランスの応用である。しかし主にCモードの平衡カウンターバランスであって、重心を両足の間から右側、左側と連続的にはずす動きとなる。

 

 以上の各種フォームにおけるパラダイム転換の位置づけを、以下にマトリクスとして示した。


<静的フォーム>      Aモード     Bモード      Cモード
正対        ●
体側姿勢                  ●
鉄棒理論                  ●
ティルティング及び2点支持                       ●
フラッギング                       ●

身体のリフトアップ

      ●

ひねり、腰をいれる

                      ●

<動的フォーム>

 

ハイステップ

            ●

カウンターバランス(平衡型)

                      ●

同    (ボルダー型)

            ●           

切り返し

                   ●  

 

 

 以上述べてきたことは、あくまでフォームについてのパラダイム転換であった。しかし、実際のクライミングでは、フォームではない身体の動きにおいても、気づかないうちに、「パラダイムの転換」を自然におこなっている。

 ここで「パラダイムの転換」の一層の理解のためにルーティンな(普段の)動きの例もあげておこう。たとえば次のような動きである。

 ・一方に傾けていた身体を、次の瞬間、反対側へ倒す。

 ・ステップの踏み替えを重心を変えながら大きくすばやく出来る

 ・スタンスに片方の足で乗り込んで、他方の足は切る

 ・体重移動をすばやくスムーズに出来る

 ・身体の軸を回転させて身体の方向を入れ替える

 ・立ち上がってすばやくアンダークリングにもちこむ

 

 このいずれもの動きは、Cモードである。ただし、これらCモードのつなぎになっているのはA、Bモードは歩行の動きである。一定の重力環境から、別の重力環境に自ら入り、身体をさばき、体勢を切り替える。つまりA、B,Cのモードを交互の往復している。

 それをしないで同じ姿勢で進むと、つまり「パラダイム」を変えないと、動きとしても、パワーとしても行き詰る。

 

 さらに、壁の中で左右に荷重を切り替えて、交互の注力と脱力(休息)を行うことで、パワーのロスを防ぐと同時に、つぎの運動のきっかけを作るという作用も付随する。逆に静止し安定してしまうと、次の初動で大きなパワーが必要となり、ロスが出る。初動の連続では、身体がもたない。

 

 クライミングでは、なによりもまず、この非日常(Cモード)のさまざまな動きを体験し、習得することが大切だ。日常の動き、日常の重力パラダイム(A、Bモード)は、ひとはみな、生まれてこの方、十分体験している。それを練習するとしても、強度としてのトレーニングだろう。

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 ビギナーのクライミングの失敗の、その80-90%は、こうした「パラダイムの転換」の身体の動きの習得で起きていて、「躓(つまづ)きの石」となっている。

 簡単に言うと、日常的な重力の捌き方(2足歩行の方法:パラダイム:A,Bモード)を引きずっている。新しい重力環境や動きを嫌がっている、自転車のハンドルを倒れる方向にきれない、いわば動きに保守的なのだ。

 

 しかしこの「躓きの石」クライミング上達のためには、かならず通過しなくてはならないもので、これを通過できなければ、ついに正対登り(登山:歩行のパラダイム)から脱出できない。スキーや自転車の例と同じである。

 

 「パラダイムの転換」の問題は、ビギナーの問題にとどまらない。べテランクライマーにも影響はあって、これのマスターが中途半端なままだと、とんでもない癖の強い登りのクライマーが出来上がる。

 こういう人は高難度も登るから、それでいいのではないか、と言えば、そうではなくて「パラダイムの転換」をもっとうまくクリアすれば、もっと登れるはずなのに、もったいない、でもいまさら戻れない、ということになる。

 

 さらに、オーバーハングなどで顕著に現れるのだが、本当にパラダイム転換(Cモード)を自分のものにしているかどうか、中途半端でないか、壁がクライマーをチェックしてくる。Cモードを理解せず、A,Bモードから卒業出来ていないと、オーバーハングは登れない。壁の裁きは容赦がない。

 

  そして、実際の上達のためには、登りの全過程で、このパラダイム転換をどれだけスムーズに、すばやく行なえるかがカギになる。そうすることで、変化する重力をすばやく受容しロスを回避できる。さらに、初動の際の足の踏み込みなど、次の身体の動き、展開に対応できる。