5-2.重心をはずさないと本来の    「平衡カウンターバランス」にならない

 

 前節では、壁を登る方法としてのさまざまな「動的フォーム」を鳥瞰した。最も重要なのは正対乗り込みだが、これはわれわれの日常的な動きの延長であるため、誰でもことさら説明を受けずに、出来ると思う。

 この節では、クライミングで次に重要なフォームであるカウンターバランスをさらに詳細に説明しておこう。まず、カウンターバランスを知らない人のために、動きをイロハから説明し、その後に注意点などを説明していく。ちなみに、以下に説明するのは、おもにルートフリーで使われる、本来の意味でのカウンターバランスであることに注意してほしい。

 ともかく、(ルートフリーの)カウンターバランスは図のように足を自分の前でクロスさせ、アウトサイドでストーンに乗り、立ち上がる動きである。その際、身体を手に預けてかたむける。手は基

本的に伸ばしておく(鉄棒理論)。その手を軸として身体の重みを預ける(ティルティング)ことで、身体のブレやくずれを回避し、安定させることができる。

  ちなみに、カウンターバランスという英語は「つり合い」「平衡」といった意味だ。図で見るように、ストーンに乗った片方の足が支点で、そのうえで、やじろべえのようにバランスを取っている(④図=ただし、このフォームはあくまで動きの中の瞬間を捉えたものであって、やじろべえ状態で静止するものではない)。

 この(動的)フォームの利点は、①(あくまで動きの中の話であるが)一応の安定性が得られる ②身体を傾けることで軸となる手が伸びて、姿勢保持のための手の引き付けがおきない ③ホールドを取る際の動きは、足での踏み込み、立ち上がり(この2つは最も力が発揮できる)、身体の伸び、すべてを使うので、遠くを取れると同時に、有効なパワーを得られる ④手を伸ばし、身体を伸ばすことで、ストレッチ効果が得られ、筋肉の弛緩・脱力による一定のレスト効果があるーーなどである。

 カウンターバランスのフォームは、正対・乗り込みより、はるかに遠くのホールドを取りにいくことができる。それに足で立ち上がり、手は支えるだけなので上半身の疲労が少ない。

 しかし、クライミング経験のまったくない人が何の予備知識もなく、壁に取り付いて登ろうとする時の方法は、あくまで正対・乗り込みであって、カウンターのフォームを思いつく人は100人にひとりもいないだろう。それはこの動き自体が日常生活にはないものだからだ。

 したがって、これに習熟するにはすこし時間がかかる。保持する片手が捉えるホールドの位置や大きさ、向き、そして乗り込むストーンの位置、大きさなど、条件が悪くとも、うまく使う技術を、練習によって習得しなくてはならない。

 練習で失敗する例を見ると、アウトサイドステップで踏み込む足の方向性と、身体の体重を片手、片足の2点に預けるバランスが難しいようだ(両足の荷重比率は0~30対100~70)。難度の高いカウンターになると、自分の体重をピンポイントで、豆粒のストーンに踏み込み、立ち上がらなくてはならない場合などがあり、場面に応じた使い方が問われる。

 しかし、いったんこのフォームを習得すれば、それまでできなかったことが一気にできるようになる、それまで届かないと思っていたホールドが取れるようになる。グレードもすぐに上がる。

 ●カウンターバランスの誤解

 

  ただ、カウンターバランスとひとくちに言うが、ここにひとつの誤解がある。クライミングの失敗の多くは、ここで起きている。初心者は、カウンターバランスのこれら、いろいろな類似の動きに迷い込み、あいまいなまま(近似値)でしか身体を使えず、そこで上達を頓挫させてしまう例が多い。

 

 ここでクイズを出そう。以下に3つのタイプの「カウンターバランス(?)」を図で示す。そこで、ルートフリーで本来使うべき、カウンターバランスはイ、ロ、ハのどれか、区別がつくだろうか?また、それぞれ、どうちがっていて、どのように使われているか?

 

 

  カウンターバランスおよびその類似形のフォームを区別する重要なポイントのひとつは、重心の位置であり、それが両足の間に残っているか、それとも両足の間からはずれているか、による。この重心の位置が、このフォームを上手に使うか否かの分かれ道となる。解答を先に言うと、ルートフリーでつかうカウンターは(イ)である。(ロ)は名づけるとすれば、一般的な体側姿勢、(ハ)はボルダラーが自分たちのこの動きをカウンターと呼んでいるもので、あとで説明するが正確にはジャンプないし伸びである(当論考ではボルダーカウンターと名づけることにする)。

 さて、ルートフリーのカウンターバランス、ここでは上のクイズの(イ)の説明から進めていこう。

 左のA、B2つの図を見比べてほしい。ぱっと見ただけでは、違いが分からないように書いてみた。しかしこの微妙な違いがクライミングを左右している。

 まずAだが、クライマーの重心は両足の間にあり、つぎのホールドは身体を伸ばし、あるいは身体を起こすように取りにいっている。2本足で立つので確かに安定性には優れている。しかしホールドを取るために、爪先立って身体を伸ばす、あるいは手を使って身体を起こす動きは省力的あるいは脱力的な動きとは言えない。それに、取りにいく瞬間、身体の崩れを防ぐため、左手で引き付けていて、ここでも無用な力を使っている。

 それに対してBは身体の重心が両足からわずかに外し(あるいは右足中心に荷重して)、左手に体重を軽くあずけながら(ティルティング)、立ち上がる。最初から身体が傾いているため、両足荷重でなく、片足荷重のステップになり、身体は「吊り合い」「平衡」の状態にある。なお、軸足でないもう一方の足は、スタンス上でもいい。しかし最低でも、壁を押すようにしたい。そうしないと身体が回転する。

 同義語反復の表現になるが、以下、この論考では「平衡カウンターバランス」(B)と呼ぶことにする。

 このBの利点は、身体の体重を伸ばした左手にあずけているので、身体の姿勢を保持しようとする必要がない。はじめから(軽く)倒れているからだ。さらに目指すホールドは身体の伸びを使わず、足の屈伸(立ち上がり:ジャンプではない)でとる。要するに片足で踏み込んで立ち上がる。足を使うので、体幹のパワーの負担もない。身体の部位で足がいちばん疲れないからだ。

 クライミングでは体幹はいたるところで使うので、できるだけセーブしたい。とくに身体の伸びはパワーを消耗させる。だからカウンターで、体幹のかわりに足が使えたら足をつかうべきだ。クライミングでは足は使う場面がほとんどないわけだから、積極的に使えばいい。

 すくなくとも、立ち上がる動作はパワーロスにはつながらない。さらに、高いスタンスをつかい踏みこむこともでき、その場合は、かなり遠くのホールドを取ることができる。運動域が格段に拡大する。

 Bのこの方法は1本足の踏み込みなので、安定性という点では、たしかにAに劣る。しかし、ティルティングのフォームでも触れたのだが、そこまでの安定性が必要か、という点がある。

 フリークライミングの趣旨は、2章でも説明したように、一定の安定性さえ確保できれば、登りを追求すべきということであった。言い換えれば、ぎりぎりの安定性まで妥協して、省力し、身体の運動域をできるだけ広げ、登りの可能性を求めるわけだ。

 

 つぎにクイズの(ロ)の説明に進もう。

 先に結論からいうと、クイズの(ロ)は、姿勢は上の説明のAと同じだが、ジャンプしない場合である。正確にはカウンターバランスとは呼べない。なぜなら、2本の足に立っていて、重心が両足の間にあり、英語の本来の意味である「吊り合い」「平衡」の姿勢ではないからだ。この姿勢は身体だけが横向きになっているだけで、身体の機能(力学)としては正対の姿勢である。それが証拠に、身体をひねればすぐに正対になる。したがって体側(たいそく)一般の姿勢と言うのが妥当だろう

 クライミングのビギナーあるいはアルパインクライマーがやる(類似の:フェイク)カウンターバランスは、ほとんどがこの「平衡でないカウンターバランス」(上図のA=つまりクイズのロ)である。そして、この体側姿勢で上体を起こしホールドを取りに行く(正面どり)。問題は左手で身体を補正することでパンプの可能性が増すことだ。

 

 ではクイズの(ハ)はどういうものか?

 (ハ)の図は右足踏切でジャンプした瞬間なので、その前の姿勢が割愛されている。跳ぶ前の姿勢は基本的に体側姿勢でA図クイズのロ)と同じである。ちがうのはA図の両足基点から、踏み込みを片足でおこない、身体の伸び、ないしジャンプしてホールドを取ることだ。

 重心がどこにあるか、と言えば、構えているときは両足の間だが、ジャンプしてホールドを取る瞬間は、踏切を行うスタンスの真上である。ホールドを取る方向によっては、ほとんど正対の立ち方から、一方のスタンスに踏み込みジャンプする。この辺はバリエーションで、微妙な色合いがある。

 このフォームはボルダラーがやっているもので、ボルダリングの教本で、これをカウンターとして紹介している。しかし、正確にはカウンターバランスではない。なぜなら、(イ)の動きのように、重心をはずしていないからだ。そういうこともあり、当論考ではこれをボルダーカウンターと呼んでいる。

 なお、この(ハ)の動きは(ロ)の体側(たいそく)の動きの延長上にあり、ジャンプや伸びでホールドを取るか否か、で違ってくるだけである。ただし、このちがいは微妙なので、しっかり観察しないと分からない。

 

 さて、本当のことを言うと、それぞれアルパイン、ルートフリー、そしてボルダリング、いずれのクライマーも本人は違いを意識せず、自分のやっていることが一般的なカウンターだと思っているのである。しかし、ポイントはそれぞれの違いにある。そのことを説明しておこう。

 この3つのカウンター(?)の機能、消耗度を5段階で示したのが、下の表である。

      <それぞれのカウンターの比較>


 

運動域(数字が大きいほど運動域大)

 消耗度(数字が大きいほど疲労も大)    

 

(遠いホールドを取る)

  (手/腕)    (体幹)
平衡カウンター     4    2          2
体側姿勢     2    3~4        2
ボルダーカウンター     5     3~4        4

 

 

 3人のクライマーがやっている「カウンターバランス」は、どれが正しいというものではない、使い方、目的が違うだけで、それぞれに使う理由がある、ということを指摘しておきたい。ただ、かれらは使い方などの自覚があまりないまま、必要に応じて使い、自分の動きこそカウンターだと思っているだけなのである。

 

 アルパインの場合を考えると、上記で見たフリーの場合の「一定の安定性さえ確保できれば、身体の運動域をできるだけ広げ、登りの可能性を追求する」というコンセプトが、もともと乏しい。それよりも安全、安定性はあればあるほどいい。それには2本足がいい。そのことが無意識に身体に刷りこまれてしまって、片足荷重になろうなどとは、思いもつかない。したがって「平衡カウンターバランス」にはならない。2本足になって身体を起こしてホールドをとりに行く(同時に身体が壁からはがされないよう手で引き付けている)。

 

  ボルダリングの方は、せいぜい5mほどの登りなので、もともと、パワーをセーブする動機が希薄である。さらに(インドア)ボルダラーは、遠くのホールドを取ることをめざし、一般的にジャンプ気味に(跳ねながら)登ろうとする。ジャンプした方が「平衡カウンターバランス」よりも、さらに遠くのホールドをとれる。 

 したがって、ボルダラーがやる「平衡でないカウンターバランス」=ボルダーカウンターが悪いわけではない。どんな動きも、有効な場合とそうでない場合がある。大切なのは違いであって、使い方である。

 人工壁のスタンスは乗りやすく、ジャンプしやすいし、めざすホールドは取ってしまえば、ぶら下がれるほどに大きい。ジャンプの方が1本足の立ち上がる平衡カウンターバランス(:B)より距離が伸びる。人工壁のフィールドがボルダーカウンターの登りを作っているのである。

 さらに登り方は、身体の動きとも関係している。

 そもそも、ジャンプの動きというのは、まず両足で立ち、次にどちらか片足にタメを作って、その足で片方のスタンスから踏み切って、飛び上がるというものである。試してみればいい。ジャンプは「平衡カウンターバランス」のように、重心を両足の間からはずした姿勢からは動きを起こせない。

 ボルダリングというのは、遠いホールドを全力で取ろうというのが主旨になっている。したがってボルダリングの登りに慣れている彼らに、わざわざアンバランスな1本足になる理由もない。重心をはずすカウンターの動き自体は、彼らは能力的にはできるだろうが、日頃慣れていないので、とっさに、そういう動きが出てこない。

 視点を変えて、ボルダラーとティルティングのフォームとの関係を考えれば、さらによく分かると思う。ボルダラーは、パワーセーブしようなどと考えないから、ティルティングなどする必要がない。彼らには登りながらやすむ、あるいは登りのフォームの中でパワーをセーブする、などという発想はもともとないのである。

 

 かりにボルダラーがティルティングし、そのあとジャンプで次のホールドを取ろうとすれば(よく観察してほしい。ボルダラーはほとんどジャンプ気味にホールドを取っている)、彼らは身体を傾けているティルティング姿勢から、もういちどジャンプ体勢(正対ないし体側姿勢)にもどる必要がある。

 これは無駄だ。したがって重心をはずすティルティングはボルダリングに必要がない。

 

 だから重心をはずす「平衡カウンターバランス」は、長いルートを登り、省力化を旨として、ジャンプはなるだけ避けるルートクライミングでないと使いにくいし、有効でなく、登り全体の中で生きてこない。

 考えてみれば、「平衡カウンターバランス」は、ボルダリングにもアルパインクライミングにもない、ルートフリー特有の特殊な身体の動かし方である。しかしボルダラーがフリールートで行き詰り、アルパインクライマーが(フリークライミングに)いくらたっても上達しない、その理由はここにあるのである。


 <コラム> 片足荷重をどう考えるか

 スポーツにおける荷重方法はたいていの場合、片足荷重である。アルペンスキーでは、直滑降でもない限り、斜滑降、回転時など、谷足に荷重して滑る。走り幅跳び、高跳びなど、ジャンプ競技も踏み切りは片足だ。ランニングは両足を交互に使うが、一方の足から他方の足への体重移動で、交互の片足荷重で走っている。ゴルフや野球のスイングも、両足で立ってはいるものの、後ろ足から前足への体重移動でミートしたボールを遠くに飛ばす。柔道の投げ技も、一方の足から他方の足への体重移動で、相手を投げる。

 このようにスポーツは、それも西洋から来たものは、ほとんど片足荷重でおこなうのがセオリーだ。片足荷重することで、瞬発的に大きな力を生み出すことが出来るためであろう。

 クライミングでも、同じ効果が出ると思う。とくに遠くのホールドをカウンターで取る場合など、思い切り片足で踏み込む。ボルダリングのランジも最初は両足でタメを作るが、飛びつく瞬間の踏み切りは片足だ。両足荷重にしていると、どうしても力が分散する。片足荷重の方がピンポイントに力を集中、そしてコントロールできる。

 こういう理屈も援用して、カウンターバランスは70-90%、ときには100%の片足荷重が良いと考えている。しかし、両足荷重であっても、ひねりや腰の入れ方で、下半身を固めることで、重力を1点に集中させる方法もある。これについては本文(?ー?)で触れておいた。

 ただ、こうしたカウンターでホールドを取る方法も、登る壁の条件によるものであることに留意したい。両足で立ち、腰をひねったり、腰を入れたり出来るのは、ホールドやスタンスが良いインドアの場合で、これを大いに利用したい。しかし外岩でそれが通用するかどうか?

 ボルダラーのジャンプのカウンターは、外岩クライマーは思いつかないだろう。ホールド、スタンスが良ければ、それを活用すべきだ。また、本文で見たそれぞれの方法は、疲労度、動きの安定性、フォーム作りの難易度などにおいて、一長一短あって、どれがいちばんいいとは言えないだろう。いろいろな方法を知っていて効果的に使うのがいいのだが、ふつうはみんな自分のやり方で登っているわけだ。ただ、自分と違う方法も、すこしはできればいいと思う。

 このように、身体の動かし方は、いろいろあって、決め付けられない。

 ナンバ走りって知っているだろうか?日本古来の走り方で、ふつう、走る際は手足を交互に振りぬくのだが、この場合は、同じように振る。右足を上げたとき、右手を上げ、左手を上げたとき、ひだり足をあげる。西洋風の片足荷重による踏み込みがなく、身体のうねりがない。江戸時代の飛脚がこの方法で走り、1日200キロを走ったという。疲れが少ない走り方だという。

 考えてみれば、非常に少ないが両足荷重のスポーツもある。テレマークスキーがそうだ。これは疲れない。また、相撲などもそうだろう。摺り足は両足荷重だし、寄りきり、押し出しもそうだ。投げ技も自身の安定を重視して、両足で行うものが多い。

 ことほどさように、荷重の問題は複雑である。日本古来の武術の身のこなしがマスコミを賑わせたことは久しい。こうした日本独特の身体の動きを研究して、クライミングに生かせないか、考えたこともあるのだが、いまだそれっきりになっている。なお

この論考では4ー?で少しだけだが、この方法を考えている。