●4-5のつづき <保護ページ>

・・・ピンは人の手と足であり、ボードは岩場という想定だ。紙はボードに張り付いている。このとき、紙の上方のピンを1本抜いてみよう。そうすると、ピンを抜いた部分の紙がボードから離れて開いてしまう(下図)。

 傾斜したボードと4本のピンで留めた紙、これがクライミングにおける岩壁と、それにしがみついているクライマーの重力の状況のすべてを説明している。

 まず最初にこの実験から言えるのは、他のピンさえしっかりしているなら、4本目のピンは、紙の重力を支えるためでなく、紙がそのものの4角形の形状を保つために働いているに過ぎないことがわかる。

 ようするに人間の場合も、手足4本のバンザイ姿勢で壁に張り付いていたとすると、そのうち1本は体重を支えているというより、身体が開かないようにするために、力を入れているということになる。

 紙を使った実験で、開いてしまった部分を留めていたピンは、確かにボードに紙全体をぶら下げる役割もしていただろうが、むしろ開いた三角形の紙の部分をボードにくっつけるために働いていた、ということが分かるだろう。 

 開いて垂れ下がった紙の面積は結構大きい。この場合は紙であるが、人間の体であれば、結構の重さになる。その重さを手で壁に留めていたということになる。

 ●身体が開いてくるのを防いでいる支点

 

 この結果、壁に身体を留めるのには、4点支持でなくても十分、3点でいいということになるだろう。そこで今度は3角形の紙で実験してみよう。人間の身体は紙ではないので、身体をまとめたりして3角形にもなる。

 さて、3角形の紙をボードに貼り付けてみるが、こんども3本のピンのうち1本を抜き取ってみよう。そうすると、下図のようになる。やはりピンをはずした紙の部分が、さっきとおなじように開いてくる。

 ならば、このピンもいらないのではないか?2本のピンで十分ではないか?岩壁に支えておくには手足2箇所でいい、そういうことになる。

 これが、3点支持、2点支持の原理である。ようするに必要以上に使っているピン(手足)は、一部で身体の体重をささえる働きをしているかもしれないが、それ以外に紙の形状をたもち(人の場合

は姿勢を補正し)、ボードに紙を貼り付けておくために(人の場合は岩にへばりつくために)力を使っている、ということになる。

 ピンをはずして開いてくる紙は、クライマーの身体が、壁を離れて開いてくることと同じである。それをなんとか力を使って、身体の開きを止めようというのは、無意味だろう。身体が開いてくるような支持の仕方や体勢をはじめからとらないようにすればいいだけだ。これが2点支持の意味である。

 後述する(P00)が、実はパンプの原因についてもこの原理が関係している。パンプは必ずしも手登りしているわけでもなく、手の引き付けで起きるということではない。クライマーは手を登るため力を過剰に使ってしまったと思い込んでいるのだが、実際には、知らずに姿勢保持につかっていて、それがパンプをもたらしているのである。

 ●アルパインの支点の3点目は要するに保険である

  

 なお、以上の話はあくまで、支点であるホールドやスタンスがしっかりしていて、さほど小さくもなく保持できるということを前提にしている。つまりその典型がルートフリーのスポーツクライミング(インドアルートなど)である。

 支点となる足も、必ずしも2本足でなくとも1本足で、人は自分の体重を十分支えられる、また手の方も、足に体重が乗っていれば、両手を支点にする必要はなく、片手でいい、そういう場合である。

 つまりインドアのような保持できるホールド、スタンスの環境のなかでは、姿勢さえうまくコントロールすれば、、片手、片足の2点支持でこと足りるし、姿勢の補正に不必要な力を使う必要がない(四角形の紙、三角形の紙の例でピンを抜いた部分のこと)。これが2点支持の意味であり、クライマーは片手、片足(どの手、どの足を使うかはもちろん考える)の2点支持で、いかに身体のバランスを得るかを練習するということになる。

 前節でアイドル時のフォームとして示した「ティルティング」も2点支持になっていて、腕のパンプから完全に解放されている。ティルティングフォームが省力的なのは、こうした意味もある。

 ではなぜアルパインクライミングの場合は3点支持を使うのか?それは、フィールドが整備されない自然の岩場であって、しっかりした手がかりや足場がなく、さらに岩が崩れる恐れもある。したがって安全の上にも安全を、という保険をかけなくてはならない。また、荷物を持つ場合は、2点では身体を支えきれない場合もある。そこでもう一点、支点を保険として増やしている。これがアルパインクライミングであり、これらの結果でフリーが2点支持となり、アルパインが3点支持となっているのである。

 

 ●抽象的で分からないという人のために

 支持のあり方は、先に述べたボードに貼り付けた紙で、すべて言い切っているのだが、クライミングの話ということでは、すこし抽象的すぎて理解できないという方のために、以下、クライマーの図を使って説明しておこう。紙とボードの話で理解できたという方は、以下の文章は読む必要がない。

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  まず3点支持を考えてみよう。これは下図のように支持が手1本足2本の場合と手が2本、足1本の場合がある。図Aではクライマーの体重の90%が両足に乗り、この場合は楽だ。図Bは片足(約80%荷重)だが、いいところにホールドがありそれで両手で支え、これも安定している。

 しかし図A1と図B1はバリエーションで、それぞれホールドあるいはスタンスが、良いところにない。わかりやすく言うと、支える体重は同じなのだが、体重の支え方が不自然になり、無理な力を入れて耐えている。これは先に見た姿勢の保持が随所でおこなわれいる結果である。

 これを最初に見た三角形による説明で考えてみよう。図A1は図A2の三角形になる。この図では壁が垂直に見えてしまうが、かりに少しでも前方に傾斜していたらどうなるか?

 図A1の中で示したように三角形のベクトルは、⇒の方向に開いてくる。図B1も同じで、やはり、⇒の方向に開くベクトルが働くことになる。

 なぜ、このクライマーの身体が開かないかといえば、それは開かないように、手足で支えてがんばっているからだ。それをここでは、姿勢を補正する力と呼んでいる。

 いずれにせよ図A,図Bならいいが、図A1や図B1の姿勢は積極的に取りたくない。けれども現実の壁は、このようなバリエーションばかりで、図A,図Bのような素直な壁などない。

 ●重力に任せれば、体はもう開くこともなく、力もいらない

 

 つぎに2点支持ではどうなるかを見てみよう。図Cが2点支持の基本形だ。このクライマーは左手と右足を支点として、他の手足は重力に任せている。三角形で表現すると、図C1になる。支点以外のもう一点は、文字通りフリーで安定がないように見えるものの、重力方向に任せていれば、それはそれで静止する。このクライマーで力がかかるのは左手、右足の2点のみで、姿勢を補正する必要がない。なぜなら、身体は重力にまかせてしまうから、これ以上身体が開くということが起こらない。開くということが起こらないから、姿勢を補正する力が必要ない。

 つぎに図Dを見てみよう。これは図Cの基本形の身体の傾斜をさらに強めたものだ。たしかに図Cに比べると、支える手に負担がかかる。そして姿勢が崩れないように、体幹の力も必要だ。

 しかし、保持するホールドがそこそこ良くて、それに耐えることができるなら、身体を補正する必要がなく、パンプは起こらない。さらに、上体と支える腕が伸びることのストレッチ効果が期待できる。この章の冒頭の1節で説明している身体の脱力、弛緩の効果である。力を出して登った後に、この姿勢に入ることで、身体は弛緩、脱力し、レスティングができるわけだ。

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 さてここで考えてほしい。最初の3点支持の図A2、図B2はここで示している図C1や図D1に代替できるのではないか?

そうであれば、手で自分の身体を補正する必要もなくなる。そうすればパンプはなくなるわけだ。

 2点支持の本質は、身体をみずから(軽く)倒しこむことによって、姿勢の補正を最初からしないということなのだ。誰でも足は1本足でも体重を支えられ、体幹もそこそこの傾斜には負けないはず。体重の大半は足に逃がしているわけだから、ホールドがそこそこ良ければ持てるはるはず。そうであるなら、この2点支持を使うほうが、よほど合理的、省力的だ。

 もちろん、実際のクライミングの動きはこのように静的なものではない。つまり、ここで見た有効な姿勢、保持の方法を実際のクライミングの中で、どのようにうまく実現していくか、のトレーニングが大切ということなのである。

 

 さて、気づかれた方もおられるだろうが、ここで説明した3点支持から2点支持の移行が、前節で見た<重心の位置>と期せずして対応している点だ。3点支持では重心の位置が両足の間にあるが、2点支持になると両足の外側に出てしまう。

 重心を両足の間から外にはずしても、身体を倒して片方の手の支えに任せてしまえば、意外に安定した。この姿勢が期せずして2点の支持になり、省力化を実現しているわけだ。

 ようするに、このような安定化と省力性をかねそなえた身体の姿勢、つまりクライミングの基本的なフォームを如何に自分のものにするか、がクライミングを学ぶ際に、重要な点なのだ。