4-2.腕のパンプを防ぐために鉄棒理論を応用する

 パンプというのは、よく初級者が訴えるもので、前腕が張って登れなくなってしまうものである。このパンプはどうして起きるのだろうか? ふつう言われるのは「手を引き付けて身体を引き上げるからだ」「手のぼり(手を使って登るの意味)しているからだ」というものである。

 

 そこで「腕をのばす」というのがクライミングのセオリーのようになっていて、スクールのインストラクターなども、さかんにこれを言っている。

 

 これをまったくの間違いと言わないけれど、実際にやってみればわかることだが、腕をずっと伸ばしたまま登るというのは少なからず無理がある。腕を伸ばすということだけを鵜呑みにして姿勢をつくると、身体はのけぞってしまう。

 

 それにクライミングで起きている前腕のパンプの感覚は、引き付けで起きるものとは少し違っている。実際にジムにあるキャンパシングボードで、思い切り引き付けをやって試したらいい。

 懸垂やキャンパシングを長くすれば、もちろん疲れで続けられなくなるが、そのときほんとうに前腕の張りが起きているだろうか? 

 いわゆる前腕のパンプではないのではないか?かりに起きていても、クライミングのときのあの腫れぼったい感覚とは、少し違うと思う。

 

 そこで、どうすればいいんだろうと、ベテランのクライマーの登りを観察してみると、腕は結構曲がっている。ただし、彼らの場合はパンプはしていない。パンプの原因はじつは他にあるのである。

 

 

 結論から言うと、クライミングで起きる前腕のパンプの8割かたは、身体の傾きをおこそう、姿勢を保とうとして、ホールドを捉えた手で、身体のかたむきを補正しようと努力するために起きている。

 軽度であっても、継続的な手の使用から来る、軽い筋緊張を続けることが、筋肉をいちばん疲れさせる。

 

典型的な例を図1と図2で示した。図1はクライマーは両足でスタンスに立っているのだが、スタンスの位置が悪くて、姿勢を維持しようとして、両手で身体の傾きを補正している。

 図2はクリップの際の姿勢である。この場合も、クリップするために、傾いている身体を起こそう、あるいは安定しない姿勢のブレをなくそうとして、反対の手で姿勢を維持している。

 

 このとき手が引く方向は必ずしも一定の方向といえない。身体が不安定なので、むしろ腕で身体がブレないように維持ないし、保持している、といった方が正しいだろう。

 だから本人は大きな力を使っているという自覚がない。実際に手の負担も軽度の腕の緊張に過ぎない。

 しかし、姿勢が定まらない状態で、姿勢を保とうとして、こうした手による姿勢コントロールを継続的にやっている。クリップするごとにこうした姿勢制御をおこなえば、腕の筋緊張は継続的に、そして繰り返し起きることになる。

 

 そして、軽度の筋緊張の継続がもっともよくない。それは脱力するときがないからだ。筋肉は強い緊張でも、緊張と脱力が交互に起きれば、そのことで回復が起きるので、張ってしまうということはあまりない。

 さらにこの姿勢保持で手を使う場合、二の腕(上腕)は使わない。それほどの強度でないし、微妙な姿勢調整だからだ。だから、前腕でのコントロールになる。そして、軽度からせいぜい中程度の筋緊張だから、本人に腕を使っている意識がない。それだけに、さらに厄介だ。

 

 要するにパンプというのは、姿勢制御のため腕で身体を補正しようとし、あまり意識せず、継続的な軽度の筋緊張を続けることによって起きている。

 

 考えてみてほしい。だいたい、核心部でもない限り、だれがいちばんつらい方法である、手で力いっぱい引き付けて登るだろうか? そうした動きがつらいことは本人がいちばん知っている。そんなことは実際にはしないものである。

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 それでは、こうした姿勢コントロールのために起きている腕の筋緊張をどう回避すればいいだろうか?

 ひとつは姿勢コントロールをしないこと、つまり手による姿勢補正が必要な状態を最初からつくらないことである。この件については、ティルティングという静的フォームが有効であるが、これは次節で紹介、詳説する。

 

 もうひとつは冒頭で見た、張力を一方向にして、手を伸ばし体重をかける姿勢を身体全体で実現することである。不安定で、どちらに張力が行くか、分からない状態での保持は絶対しない。

 ここでいう姿勢は、ふつう言っている手を伸ばすという意味とちょっと違う。鉄棒に体重をかけてぶら下がるように、手や肩をふくめ身体全体で、ホールドにぶらさがる、あるいは鉄棒を手で引く状態を作るということである。

鉄棒にぶら下がってみるといい。鉄棒に30秒から1分、ぶら下がった後、クライミングのときのような腕の張りが起きているかどうか、確かめてほしい。

 

 鉄棒にぶら下がると、背中から肩、さらに腕、手にかけて筋肉が伸ばされるだけで、筋緊張は起きない。筋肉は収縮し、緊張することでパンプが起きるが、弛緩、脱力、筋肉の固めでは、疲労は出ても、いわゆるパンプは起きない。むしろストレッチ効果となる。

 

 したがって、パンプを避けたければ、クライミングのあらゆる場面で鉄棒のぶら下がり状態を作り出せばいいということになる。

 最初は、身体が登りの姿勢にあるときは無理かもしれない。しかし、クライミングで静止中やレストのとき、クリップ体勢に入るとき、さらにルーティンな移動のときなど、この姿勢を作り出すようにする。

 具体的な方法として、すぐ思いつくのは、ホールドの真下にぶら下がる(イ図)体勢だ。しかし、実際にはこの体勢はスタンスの位置が高すぎたり、位置がずれていたりして、真下に引くには無理がある場合が多い。そこで、身体の位置を変え、身体を倒して斜め下方に引くようにする(ロ図)。すこし先走った説明になるが、この姿勢が次の節で説明するティルティングで、身体を倒すことで手を伸ばすわけだ。

 

 なお、イ図のようにホールドを真下に引くというのは、分かりやすいが、これは実際にはほとんどないし、お勧めできない。身体をどちらかに傾ける方が保持しやすい。

 

 このほかホールドが近い場所にあり、ひじが曲がってしまう場合などは、身体をひねって手を巻き込む方法(ハ図)などがある。いずれの場合も、身体全体の筋肉を一定方向に伸ばすように、弛緩させて体重をかける。

 

 しかし、鉄棒のようにぶら下がっていると、体重を預けるわけだから、保持する手や指に負担がかかる。それはホールドの大きさと相談し、保持している手およびホールドをチェンジする。もちろん同時に体勢も変える。いずれにせよ、同じ姿勢を続けず、同じ手を使わず、緊張を継続させないことが、クライミングの秘訣である。

 

 この鉄棒理論のフォームは、後で見る「ティルティング」「フラッギング」のほか、運動のフォームである「カウンターバランス」でも使われる。

 

 さらに何事も例外があり、腕を曲げざるをえない場合、曲げた方がいい場合もある。その場合は曲げてもいいので、曲げた腕を体幹で引きながら、方向性を買えず、その状態のままを維持し、腕を動かさず、引き付けだけは回避する。

 付け加えておくと、先にも指摘したとおり、クライミングで手を伸ばすというのは、指導としても無茶である。手だけ伸ばしたら、身体が後ろにのけぞってしまう。

 

 手を伸ばさせたいなら、せめて腰を落とす(あるいは腰を入れる)ようにでも指導すべきだ。腰を落とせば、自然に手が伸びる。さらに、手を伸ばすことに必要以上にこだわることはない。曲げてもいいが、曲げたままで、引き付けたり、動かしたりしない、そのままロックしておけばいいのだ。それなら手は使ったことにならない。

 さらに鉄棒理論からはずれることになるが、クライミングでは腕にしろ何にしろ、筋肉が疲労しやすい状態、筋収縮や筋緊張を如何に回避するか、という点を留意しなくてはならない。

 軽度の負荷であっても、同じ姿勢をとるなどして、同じ筋肉の部位の緊張、収縮を続けると、最も早く疲労する。

 

 したがって、この問題を解決するには、その部位が疲労する前に、身体を動かし、体勢を入れ替え、緊張する筋肉をチェンジしていくことが求められる。鉄棒理論でも同じで、レストするときは、つねに鉄棒状態を作り出しながら、たとえばカウンター姿勢を左右に入れ替えたり、ぶら下がったり、フラッギングに入ったりすることだ。

 ときにホールドを取りにいく際は、支える側の腕を曲げ、引き付けが必要なこともあろう。しかし、 動きを起こすときを狙って引き付けをおこない、それが終われば、体勢を戻し、いちはやく疲労しにくい鉄棒姿勢に入る。いずれにせよ、緊張する筋肉を入れ替えながら動くというのは、ほとんどひとつの戦略なのである。

 

 鉄棒理論とは少し外れるが、ホールドの手による保持ということで、重要なことがある。手による「握りこみ」である。クライミングにおいて、握りこみは99%御法度である。

 前腕がパンプする原因は、「手を伸ばさないこと」と、もうひとつこの「握りこみ」が両雄といって良い。壁に取り付いて2-3回目のビギナーで、極端な「握りこみ」が起きる。壁に張り付いているだけで腕がパンパンにはれ上がるのである。これをどう解決するかだが、特効薬はない。メンタルなことが原因だから、慣れるまで待つしかない。少なくとも、意識して「握りこまない」ようにしようとするぐらいだ。

 ただし、「握りこみ」がそれで卒業か、というと必ずしもそうではない。この問題が顕在化するのは、クライマーが垂壁やうすかぶりに慣れ、オーバーハングに挑戦するときに、隠れていた持病のように現れる。

 手のホールドを捉える動きは次のような段階がある。

 「握りこみ」→「手のひらを使ったコントロール」→「手のひらによる、方向性のみの押さえ」

 文章表現には限界があるので、下図で示す。①はビギナーによるいわゆる「握りこみ」である。そして②は「手のひらを使ったコントロール」で、日常の一般的なホールドの保持と考えれば、間違いではない。ふつう、なんらかの手がかりをつかめ、といった場合、誰もが行う保持の仕方である。

 日常生活ではこれで良い。しかし、クライミングではこの保持方法は早く卒業した方がいい。グレードで言えば、10b~10cぐらいのクライマーの持ち方だ。

 

 クライミングで有効な持ち方は、③である。この手の使い方は、身体の重力の方向、ないし張力の方向だけをとらえている。つまり、ホールド自体をつかむ、ないしコントロールする、という動きを省いている。いいかえれば安全性、安定性のため、ホールドが手から滑り抜けたり、ずれたりする、ごく普通の手の無意識的な動きを省略してしまった持ち方だ。

 では、これによって、身体の動きとどのような関係が生じるのか?

 まずひとつ目は、次の点である。「安全性、安定性のため、ホールドが手から滑り抜けたり、ずれたりする、ことを防止するため、ホールド自体をつかむ、ないしコントロールする」、という動きが本当に必要か、という点だ。

 たとえばクライミングシューズでスタンスを捉える動きは、押さえることで、足はスタンス上で滑らないし外れない。

 これと同じことを手の平でやってほしい。なぜ、それがいいか、というと、手(前腕)のコントロールがいちばん良くないと、鉄棒理論で述べたが、程度の差こそあれ、手のひらのコントロールも同じことなのだ。これをやめると、手のパンプ防止に圧倒的な効果がある。余分なことをしないのだ。

 もうひとつは、身体の重心方向が一元化して明確になり、コントロールがしやすくなる、という点だ。なお、この場合のコントロールは、あくまで身体全体によるものである。

 それと同時に、壁が要求してくる身体の重心の方向が、手を伝わって、分かってくる。手のひらや指による握り、つかみなどが介在すると、重力、張力の方向が分からない。重力、張力の方向を把握して、それに応じた身体の傾け、重心の位置を決めていける。

 10c~d以上になると、ホールドをつかんで、それで登るーーというようなことは出来なくなる。重力、張力の方向の把握は、最初は手のひらの面で把握する(手で掴むのではない)。むずかしくなると、それがピンポイントの面積(1c㎡)というように小さくなる。

 ただ、このことは垂壁やうすかぶりでは、そういつもいつも、そうした状況が明確には現れないし、気付きにくい。しかし、この「手のつかみ」の問題はオーバーハングですぐに、そして、はっきりと現れる。

 まず、オーバーハングでは手でホールドを掴むというのは、ほとんど意味がない。それどころか、重力コントロール感覚に、混乱要因を生み出す。

 というのも、手で掴んで身体をコントロールしようとしても、体重がかかってきているので、とても出来ない。オーバーハングでは身体を重力方向に、素直に落とさなくてはいけない。

 手でコントロールすることに慣れていて、身体による重力コントロールに慣れていない垂壁クライマーはここで行き詰る。

 

 また、重力の方向を素直に壁と自分の身体から聞かなければならないのに、手でコントロールする腕力の張力が雑音として入ってくる。また、視覚による重力の方向把握も、混乱の要因だ。これも、いわば雑音になる。

 オーバーハングでは、重力の方向に逆らわないのが鉄則であり、そのためには雑音(手のつかみ、あるいは視覚)を排除して、重力の方向に耳を澄まさなければならない。オーバーハングはこれに加えて、落下するかもしれない、という心配から、手のつかみ、握りがさらに高じ、雑音がひどくなり、重力に耳をすませない、把握できない、ということになる。

 そこで、オーバーハングの基本的な手のひらはどういうものかを示した。基本的にいえるのは、手はハンガーのように壁に引っ掛けておくもので、それを使って何かしようとしても無駄だ。

 この「何かしよう」というのが、意志として「つかみ」に現れる。だから基本は、ホールドに手は掛けるだけ。ただ、掛けているだけでは、はみ出て、外れるかもしれないので、図のようにオワンのようにして、はみ出しをふせぐ。おわんはあくまでおわんであり、おわんがほーるどを掴んではならない。ホールドをつかむと、おわんはおわんでなくなるからだ。なお、おわんというのはあくまで比喩であり、実際におわんの形を意味するのではない。そのような機能を持った手のひらの使い方をせよ、ということに他ならない。

 以上のオーバーハングの動きだが、腕、肩、身体なども同じような趣旨で、重力を受けとめなくてはならない。すべての身体の部分が協調し、共鳴したとき、オーバーハングの登りとなる。

 大げさな表現で難しく聞こえるかもしれないが、できればたいしたことではない。ただ、オーバーハングの登りを邪魔する要因は他にもあるが、この手のひらの「つかみ」はほとんど主犯格で、それも裏に隠れているので、気がつかない。

 さいごに、オーバーハングに重心の方向を見つけてぶら下がれたとしよう。つぎにどのように動くか、足を適当なスタンスに移動したら、当然、重心の位置が変わってくる。

 手を離せる状況を実現する重心の位置を、スタンスの変更で見つけ、そこで手を出し、ホールドを掴む(正確には引っ掛ける)。そしてあらたなホールド、スタンスの組み合わせの重心のパラダイムを実現していく。この繰りかえしである。