3-4.フォームは力の組み立てと重力パラダイムの2つで成立する

 

  これまでの説明で、クライミングのために必要な基本要件が何かを見た。そして、フォームがその基本要件を、効率的、効果的に満たしてくれる、方法であることを示した。

 しかし、すでに指摘し、強調していることだが、クライミングは<ちからわざ>の積みあげだけで実現されるものではない。

 地上で登りのダイナミズム(力学)を獲得するには、ひとは身体にかかる重力に対峙しなくてはならない。水中であるとか、無重力なら、それもいい。しかし、クライミングは地上の重力の下で行う。

 そして、重力に対峙するのに有効な方法論、1章で「スポーツのコツ」として説明した、2足歩行ら、手足4点による重力パラダイムの転換である。

 

 つまりクライミングのフォームを、前節で見た「登る」のに必要な基本要件となる身体の動き、と捉えるのが第一。と同時に、このフォームの中に実現されている、重力パラダイム捌きも意識して自分のものにしなくてはならない。

 そうすればトータルとして、クライミングの身体の動きの本質が捉えられるし、方向を見失うこともないだろう。

 

 ここでもう一度、1章(4,5節)で示した重力パラダイム転換がどういうものかを見ておこう。

 まず歩行におけるパラダイムは両足の間の運動である。さらに、クライミングとなると、手と足、合計4つの支持点を使い重心の位置も変える。このように必要に応じて重力パラダイムを転換し、クライミングを実現する。

 

 そして、この3つの身体のさばき方を、モード(様式、方式)という考え方で捉え、前者の2足歩行のパラダイムの枠組みをAモード、手足4つの支持点で、内側重心をBモード、外側重心をCモードと考えた。

 要するにクライミングは、A、B、C3つのモードを如何に効果的に選択していくか、である。そのなかでもCモードは一定の特殊なフォームとして、なおざりにされているが、クライミングのルーティンな動きの中に随所に出てくるものであり、クライミングのキモともいえるモードである。

 

 下の図で、クライミングの身体の動きの構造をまとめておいた。

まずフォームが実現しているのは、登るのに必要な要件2)重力パラダイムの2つであり、これが下図の三角錐に描いたように、表裏一体になっている。

 さらに、登るのに必要な要件には、安全性、省力性、運動域などがあった。これに対して2)重力パラダイムの受容(転換)にはA、Bモードの選択という2つの方法がある。

 要するに、これ全体が、クライミングの実現であり、それを効果的に実現しているのが、いわゆる「フォーム」なのである。

パラダイム転換は特定フォームだけのものではない

 

 原理を説明していくと難しくて、頭が痛くなる人が出てくると思う。そこで話を簡単にするため、ここで具体的に「パラダイム」とその転換を、一般的によく言われているクライミングの動きから示してみよう。そうすれば、「なあんだ、そんなことか」と納得できると思う。

 

 たとえば「カウンターバランス」の技術の習得では、本来、倒れないでおこうとする身体を、初めから倒してしまうのだ。

 脳が安定と感じている両足の間から、重心を外に出す。BモードからCモードに転換する。しかし、この技術感覚を身に着けるまでは、脳が安全と思い込んでいる「正対」(A,Bモード)に身体がひとりでに戻ろうとする。しかし、重心を外に出すことで、瞬間的な安定を得る。

 

 「切り返し」では、右から左、あるいはその逆に、身体を転換する。その一瞬、Cモードに身体を投げ出さなくてはならず、どちら側にも体重をかけず、いわば無重力状態になる。そのため、思い切りがつかなかったり、動きがちぐはぐになったりする。安全策をとろうとするのは身体の自然の動きであるが、身体を倒すことで安定を得ている。

 3章で詳しく述べているティルティング」は、クライミングの途中で、いたるところに出てくる動きだ。本質は、寄りかかりなので、誰でもできるし、省力につながる。しかし、これも意識的、積極的に採り入れれば、効果は大きい。

 

 足きりなどの2点支持とか、「フラッギング」も同じで、とうぜん2点より3点の方が安定感があるわけだから、誰も3点支持をあえて崩そうなどと夢にも思わない。

 まして、使える足をぶら下げてしまうようなことは、ビギナーには思いつかない。このとき、足を切ることに目が行くが、フラッギングが本質的に実現しているは、身体の重心の外側への傾けであり、そのことで安定を実現することに注意してほしい。

 

 

  以上のいずれの動きも、重心を両足の間から投げ出し、日常の安定(日常のパラダイム)を自ら崩し、手足4本を有効に使って、新たな「パラダイム」に転換し、安定を作り出す。

  しかしこのような特別なフォームでなくとも、単純に身体を右ないし左に倒す動き寄りかかり=Cモード)なども、基本的に動きの構造は同じだ。地上では両足で立つのがふつうで、それで安定感を感じる。しかし、クライミングでは、どちらかに倒すようにして、寄りかかるようにして、異なる安定状態(Cモード)を作り出す。

 

 このように、クライミングでは、登っている途中で、気づかないうちに、別の重力環境に自ら入り、身体をさばき、体勢を切り替える。つまり「パラダイムの転換」が頻繁に起きている。それをしないで同じ姿勢で進むと、つまり「パラダイム」を変えないと、動きとしても、パワーとしても行き詰る。


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