3-3.クライミングの基本要件はどのようにフォームに反映しているか?

 前節では、クライミングの各ジャンルで求められる要件を眺めてきた。これらを一般化してまとめると、フォームに要求されると思われる要件は、つぎの3~4つだと考えられる。

 

  ①安全性・安定性・転倒回避

  ②持久・省力・脱力

  ③身体の運動域の拡大

  ③’個別の運動の実現 、運動の強度 

  ④身体のリフトアップ

   

 具体的に見てみると、まず①安全性・安定性・転倒回避は言うまでもないが、クライミングはフォール(落下)しないことが、安全性からも、スポーツのコンセプトからも前提になる。これは上記でみたように、とくにアルパインで要求され、とりあえず転倒を防ぐ身体の姿勢が重視される。まず両足の間に身体の重心をおき、これによって、転倒を回避する。 さらに支持をいずれかの手足3点にする。フォームとしては、いわゆるイ)正対が重視される。

 

 3点で支持することで、身体を倒さないようにし、安全性を高め、さらに重い荷物も支えられる。3点支持では、進む際にも、3点のいずれか1点(手足)を移動させることで、移動の際の安定性を確保している。正対はいわばレストの姿勢でもあるので、急激な体力の消耗を防ぐという意味もあり、つぎの持続・省力・脱力の要件も満たしている

 

 つぎに②持続・省力・脱力の要件に結びつく身体の動きとはなんだろうか?これはルートフリーにもっとも顕著に現れる。上記で見たようにショートルート(ルートフリーのルート)は確かにアルパインと比べると距離的にも、時間的にも短い。

 しかし登ってみれば分かるが、クライマーは5-10分ぐらいで、手が張ってきたり、身体を起こす力がなくなったりして、動きが鈍くなる。もし最初のパワーが持続していれば、とくに技術的な方法に頼らずとも、登りきることができる場合も多い。

 さらに、壁はオーバーハングしている場合も多く、そうした部分ではすぐにパワーが尽き果てる。このパワーの消耗をなんとかセーブすれば登れる場合も多い。

 

 この解決方法として考えられているのが、アルパインのセオリーからの解放である。アルパインの正対や3点支持は、確かに安定性があり、転倒を回避できる。しかし、フリーは登る時間も距離も短いうえ、荷物も持たない。そこまで安全性、安定性の必要はない。それに完登にいたるまではフォールも構わない。むしろ登りのスタイルは、フォールして動きを改善していくというものだ。つまり、若干、安定性を犠牲にしても、効率的、省力的な動きをとりいれる、というふうになっていく。

 

 本稿では、アルパインのセオリーから身体の動きを解放し、②持続・省力・脱力要件を実現しているフォームは3つあると考えている。そのまず第1は、われわれの身体の構造を利用したロ)体側姿勢である。正対姿勢を転換し、体側を利用することで、身体が崩れることを防ぐ方法だ。

 2番目は、ビギナーがいちばん悩む手の張り(パンプ)を防ぐ方法で、わたしはこれをハ)鉄棒理論と比喩的に呼んでいる。やってみればわかるが、鉄棒にぶら下がって、パンプすることはない。鉄棒にぶら下がる状態を作り出すフォームである。これも正対姿勢のの維持をやめることが原点になる。

 3番目がニ)ティルティングおよび2点支持(tilt;傾ける)のフォームで、これは3点から2点支持への移行、および重心はずしによって実現する。正対にくらべ、積極的な省力化を実現していて、フリーの基本であり、重要な方法である。

 

 なお以上示したイ)ロ)ハ)ニ)の各フォームは、それぞれケースによってウエイトの違いこそあれ、クライミングの要件としての①安全性・安定性・転倒回避 および ②持久・省力・脱力を重複して満たしている。さらに、フォームどうしが実際には同時に使われ、クロスオーバーしていていることも注意したい。実際の登りでは、ティルティングしながら、体側姿勢にはいり、同時に鉄棒理論でパンプを防いだりする。むしろ単独で使われることは少ない。

 

 最後に確認しておきたいのは、ここで紹介したいずれのフォームも、①安全性・安定性・転倒回避 ②持久・省力・脱力ーの2つの要件を満たしているわけだが、基本的にアイドル時のフォームだということである。アイドル時というのは、壁の中でクライマーが静止ないし単なる移動など、ルーティンな動きにあるときを言う。

 クライミングはわざ(技)も大切だが、いかにルーティンな時間、ないしルーティンな移動や登りをこなすか、も非常に重要である。一般に、ボルダラーがルートを登れない要因のひとつが、このアイドル時間をうまく処理できない場合が多い。

 なお、これらの4つのフォーム以外に、同じアイドル時のフォームとして、番外的にあるのが、身体を上げるホ)身体のリフトアップのフォームがある。

 

 これらのフォームの詳細については、3章、4章で解説するので、必要な方はそれを見てほしい。

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 では次のクライミングの要件、③身体の運動域の拡大とは、どういうものだろうか?非常に漠然とした、何にでも当てはまりそうなコンセプトの要件であるが、クライミングの動きは基本的に身体の多様な動き方が前提なので、野球やゴルフのように、一定の動きに限定できず、それがこのスポーツの解析を難しくしていることを了解してほしい。

 ともあれ、③身体の運動域の拡大とは、文字通り壁の中で、保持などにより、身体の動きが制限されない、ということなのだが、より具体的に言うと、遠かったりして取りにくいホールドを取るべく、身体の動き方の幅を広げるということである(しかし取り方、保持の仕方のテクニックを言っているのではない)。

 

 そしてもっと簡単にいうと、これを実現するフォームとは、いかに遠いホールド、取りにくいホールドを取るか、を実現する身体のフォームである、というふうに考えても間違いない。そのフォームによって、身体の動きの自由度を増し、動きの幅を広げ、結果としてホールドを取るのである。

 

 このフォームに該当するのが、アイドル時のフォームでは二)ティルティングがあり、運動時のフォーム(ホ)ハイステップ(へ)カウンターバランス、のほか、(ト)切り返しも、この要件と関連しているフォームと考えられる。

 

 ただし、この身体の運動域の拡大という要件は、それがクライミングである以上、安全性・安定性・転倒回避持続・省力・脱力というクライミングの基礎的要件抜きには考えられず、この基礎的要件を実現しているイ) ロ)ハ)ニ)などアイドル時のフォームが土台となっていることを忘れてはならない。

 つまり、運動時のクライミングフォームも、アイドル時のフォームである体側姿勢、ティルティングと2点支持、さらに鉄棒理論、などに密接に関係している。なお、アイドル時、運動時の各種フォームは章をあらため3、4章で説明する。

 

 そして最後の③’ 個別の運動の実現、運動の強度だが、これはあまりにも範囲が広く、どの身体の動きにもあてはまるコンセプトである。実際のところ、さまざまな身体の動きの実現ということになり、ボルダリングなどのさまざまな技はこのようなものである。しかし身体の動きがあまりに広範囲なため、これを一定のフォームとして把握できない。ただ、③の身体の運動域の拡大と密接な関係がある。したがって③’(ダッシュ)としてかかげておいた。

 

 なおクライミングのフォームは、上でも触れているように、ひとつの要件がひとつのフォームを導くのではなく、ひとつのフォームがウエイトの違いを持ちながら、複数の要件を実現している場合が多い。その点では、クライミングのフォームは経験値から作り出されてきているもので、逆に言うと、それだからこそ、分析が難しいといえる。

 しかし、どのような形であれ、フォームがどのような要件を実現しているか、どのようなフォームがどんな意味を持ち、有効なのか、を知っておくことは、自分のクライミングをチェックするためには不可欠であり、さらにフォームを改善するために必要なことと考えられる。

 

  以下、クライミングのフォームと考えられるものをまとめておく。

<アイドル時のフォーム>  イ)正対

              ロ)体側姿勢

              ハ)鉄棒理論

              ニ)ティルティングおよび2点支持              ホ)身体のリフトアップ

 

<運動時のフォーム>    ホ)ハイステップ

              へ)カウンターバランス

              ト)切り返し

 

 なお、各ジャンルのクライミングと、クライミングを構成する身体の動きの要件をマトリックスとして下に表に示しておいた。