3-1.クライミングを成立させる要件とはなにか?

 ●「登り」という、このスポーツの基本的な身体の動き

 

  ここでスポーツ一般におけるプレイヤーの身体の動きを考えてみよう。ひとつの競技があるとして、プレイヤーはその競技の目的を実現しようとする。

 たとえば、100m走のスプリンターは早さを目指し、一方で、倒れない、その距離内ではバテず失速しない、という制約(目的)がある。ようするに、彼の目指すものは単に3つほどであって、難しいものではない。ただ、それをいかに実現するかで、彼はいろいろな方法を考えるわけである。

 それ以外に、他のスポーツ、たとえば、野球やゴルフの例をあげてみよう。ピッチングで要求される基本は、①スピード ②制球 ③負担の少なさーーの3つ、バッティングなら、①ミート(タイミング)②打球の速度ーーなどと言われている。ゴルフのスィングなら①(打球の)正確さ ②飛ばす距離ーーの2つだそうである。

 

 こうしたスポーツが実現しなくてはならない目的や制約を、ここでは要件と呼ぶことにする。いずれの場合も、こうした2つか3つの実に簡単なことである。

 

 この要件を満たすために、どのように身体を動かせばいいのか、つまりどのようなフォームがいいのか、プロ、アマの選手たちが、いろいろ考えて、フォーム作りに躍起になっている。

 

 左の図に示したが、競技によって必要な要件があり、それらを合理的、効率的に実現する基本的な身体の動かし方、つまりフォームが構築されるのだと考えればいいだろう。

 ゴルフはフォームにかなりやかましく、統一的なセオリーのようなものがある。ビギナーはまずその習得をめざし、ベテランやプロになっても、スランプに陥ったりすると、フォームのチェックをしたりする。

 

 野球のピッチングやバッティングのフォームは、結構、その人の得意の動きによって、違っているという。しかしそうは言っても、ピッチングならどうすれば、スピードが出せるか、制球できるか、バッティングなら最短のスウィングでタイミングを合わせて球をミートできるか、球に力が伝わるか、それらを個々人のフォームとして実現しようとしている。

 

  だから、カーブやフォークボールを覚えたり、あるいは流し打ちや犠牲フライをどう打つかなど、個々のノウハウはそのあと、それらはあくまでテクニックであって、ピッチングもバッティングも基本のフォームづくりが大切である。ゴルファーで、フォームをそっちのけで、スライスがどうの、ドライブがどうの、といっている人はまずいない。テクニックが先行すると、フォームがばらばらなってしまう。ようするに小手先になる。

 

  話はまだ始まったばかりなのだが、こう指摘するだけで読者は、クライミングが身体の動きを何もかも一緒くたに扱っているのに気付かれると思う。クライミングでは、フォームもテクニックも、そしてシークエンス(手順)も、みんな「ムーブ」で片付けてしまっている。

   

 

 というより、クライミングの教本などは、小手先を技術ノウハウだとし、身体の動き、つまりフォームは解析が難しいので避けて通っている。読者はもちろん、筆者自身もそのことにさえ気づいていない。身体の動きについては、難しいから経験による感想以上のことは言わない。

 

 いわゆる「クロスムーブ」「ランジ」「デッドポイント」「ヒールフック」などといった、ムーブとは何だろうか? 野球やゴルフの例で言うと、フォークボール、カーブ、流し打ち、あるいはスライスやドライブといった、いわゆるテクニック、つまりわざ(技)である。それが証拠に、登れないと悩んでいるクライマーに、そんなわざを教えても、クライミング自体が改善されるわけではない。

 

 じっさいクライミングがうまい人の動きは、合理的、効率的で、無駄がない。それは身体の動かし方、フォームであって、いわゆるテクニックでも、わざでもない。それ以前の問題だ。

  

 

 ここまで、クライミングについて、身体の動きが、<要件 → フォーム → ムーブ >の積み上げであると説明してきた。ただし、これは同じ位相(次元)における3段論法である。実はそれだけなら、ことはさほど難しくない。しかし運動というものは、それだけで出来ているわけではない。

 1章でも述べてきたが、われわれの身体は静止しているとき、重力を一定の方向で受けとめているのだが、身体を動かすとは、この体勢を崩すことであり、同時に別の重力環境に入り、変化した重力方向を受けとめる。これが1章で言ってきた「パラダイムの転換」である。

 あとで説明していくが、いろいろなフォームは、身体の基本の動きなのだが、このような「パラダイムの転換」を裏打ちし、その中には直接的にパラダイム転換と関係するフォームもある。そのことについては、以下、説明していく各フォームの中で解説していく。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー以下は残稿です。読む必要はありません。

 

 

 それぞれの要件を説明しておこう。①安全性・安定性・転倒回避については言うまでもないが、クライミングはフォール(落下)しないことが、安全性の面からも、スポーツとしてのコンセプトの面からも前提になる。とくにアルパインクライミングでは、これが重視されてきた。

 さらにクライミングでは重要な要件になっているのが、持久・省力・脱力である。

 これは単に登りの長い行程をこなすということばかりを意味しているわけではない。実際のクライミングでよく経験すると思うが、ある核心部分で行き詰ってテンションが入っても、少し休んで再トライすれば、なんとか抜けられるという場合である。ようするに身体がフレッシュな状態なら、その部分の動きはできるが、すこしでも疲れると動きが鈍り、通過できない、という場合が多い。

 つまり、壁を登れないときの状態を考えると、(イ)疲労によってパワーを出し切れない場合と、(ロ)次のホールドが取れない、ないしスタンスが使えない場合(ホールドが遠い場合、ないし保持できない、スタンスに乗れないなどの場合)の2つの場合であるが、この場合は(イ)の場合といえる。

 クライミングというのは、もともとは誰にでもできる基礎的な動きを前提にしたスポーツで、グレードの低い登りでは、特別の技術はいらない。フリークライミングやボルダリングが出現するまでは、以上の①安全性・安定性(転倒回避)および持久性(省力性、脱力)を主なテーマにしたスポーツであった。もちろん、現在もこの要素はかなり大きなものがある。

 しかし、従来のこのような枠組みをこえて、登る可能性を広げようという動きや志向がある。登れない壁を突破する動きを考えると、上記の(ロ)次のホールドが取れない(単にホールドが遠いことを意味しない)、スタンスが使えないー状態をいかに解決するか、ということになる。

 要するに、次のホールドが取れない、スタンスに乗れない、というのは、何らかの理由で身体の動かし方が制限されていて、動きの幅を広げなくてはいけないのである。これを要件としてまとめると、③(身体の)運動域の拡大 ーということになる。

 ようするに問題は、上記の4つの要件を満たしてくれるフォームをどのように導き出すか、ということになる。ただ、③身体の運動域の拡大(自由度の拡大)といっても、あまりにも漠然としていて、フォームを作るといっても焦点が定まらない。ようするに、クライミングの身体の動きを一般化する難しさがここにあり、これまでもできていない理由だろう。

 さらに③’ 個別の運動の実現については、とくにふれていないのだが、これはどのスポーツにも適合してしまうコンセプトであり、こうしたものがフォームを形成する要件となるとは言いにくい。ただ、③の身体の運動域の拡大と密接な関係があり、ボルダリングなどの要件はこのウエイトが高い。したがって③’(ダッシュ)としてかかげておいた。

 なおクライミングのフォームは、ひとつの要件がひとつのフォームを導くのではなく、ひとつのフォームがいくつもの要件を実現している場合が多い。その点では、クライミングのフォームは経験値から作り出されてきているもので、逆に言うと、それだからこそ、分析が難しいといえる。

 しかし、どのような形であれ、フォームがどのような要件を実現しているか、どのようなフォームがどんな意味を持ち、有効なのか、を知っておくことは、自分のクライミングをチェックするためには不可欠であり、さらにフォームを改善するために必要なことと考えられる。

 

 

 まず、身体の運動域を拡大すれば、ホールドは容易にとれるので、その処理も楽だ。これは単に、遠くのホールドを取るというばかりでなく、自由な身体の動き、自由な重心移動の獲得という面があり、クライミングの運動の幅を広げるフォームを要求する。

 なお

 

場合(ホールドが遠い場合、ないし保持できない、スタンスに乗れないなどの場合)伝統的なアルパインクライミングの枠をこえる

 

 このように

 以上のような場合、もちろんパワーだけの問題でなく、登り方も関係する。

 なお、③ルーティンな身体の移動、稼働と③’ 運動の強度、身体能力の発揮は境界がはっきりしない。くわえて、あとで触れるが③’ 運動の強度、身体能力の発揮が、果たしてフォームといえるかどうか、疑問である。そのため③’ (ダッシュ)とした。

 

 ①安全性(転倒回避)=要するに、落ちないことであり、そのためには転倒回避である。クライミングは落ちないことが前提なもの(アルパイン)、落ちることをいとわないもの(フリー、ボルダリング)があるが、その度合いは異なれ、落下してしまえばクライミングはその時点で成立しなくなる。ただし、これを落下と捉えず、転倒として考えることが、身体の動きを捉える上で重要である。

 ②持続性(省力性)=数手からせいぜい20手程度のボルダリングを別にすれば、アルパインは半日から数日、フリーは短くても4~5分、長いと20分程度を登りきらなくてはならない。途中で落ちるわけにはいかないので、持続できるか否か、どう効率的(省力的)に登るかが問われる。これは単に持久力とか、パワー配分でなく、身体の動き(フォーム)に関連して捉えなくてはクライミングは解析できない。

 ③身体の移動、稼働=いくら安全で、省力的であっても、クライマーは同じ位置にじっとしているわけではない。「登り」は手足の動き、移動や稼働が前提になる。フォームの方から逆に考えると、より遠くのホールドを取れる、とか身体の位置を変えやすいとかの姿勢に対する要件となる。

 ③’ 運動の強度、身体能力の発揮=これをスポーツの身体の動きの要件といえるかどうか、微妙である。さほどのパワーや身体能力がなくともクライミングはできるからだ。それに③のパフォーマンスに重なる。そのため、③’(ダッシュ)とした。

 ようするに以上の3つないし4つのパフォーマンスを合理的、効率的に満たしてくれる基本の身体の動き、つまりフォームをどのように考えればいいか、ということになる。