2-5.モード、フォーム、テク、そしてムーブ

 

 この章では、「モード」という概念を設けて説明した。こうした言い方は、従来のクライミングのハウツー論ではまったく馴染みがないもので、面食らわれた方もいると思う。

 しかし、これはなにも、新概念を持ち出すことで、奇をてらっているわけではない。新しい考えを説明するためには、新しい器(うつわ)が必要で、その器を使うことで、それまで混沌として見えなかった現実の構造が見えてくる。

 この節は、これまで聞きいたこともない、新しい概念が飛び出してきて、しっくりいかない方のために、提出した概念をどのように捉え、設定しているかを、理解していただこうとするものである。

 いや、意図するところは分かっている、これでいいという方は、こと改めて読む必要がない。斜め読み程度に、概念の位置づけだけ、チェックしてもらえば、それでいいと思う。

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 じっさい、クライミングの動きを考えると、いま、このスポーツで、どんな動きについても使われる「ムーブ」という言い方では、物事が説明できなくなっている。

 そこで新しい概念をつくり、その力で、これまで説明できなかったカオスを切り分け、その切り分けた部分の構造が見ようとしているわけだ。

 

 それはともかく、本稿ではこうしたクライミングの現実を説明する器(うつわ)として、「モード」、「フォーム」、「テク(テクニック)」、さらに従来から使われている「ムーブ」という概念を設定している。以下に、それぞれ、どのような位置づけか、を説明押しておこう。

 

 <モード> 日本語で「モード」というのは、方式、様式、といった程度の訳になる。本稿では、クライミングの身体(からだ)の動きのかたちを、支持する支点と身体の重心の位置で分類し、A、B、Cの3モードとした。それぞれのモードを問題にする際、それをひとつの枠組みと捉え、パラダイム(枠組み)と呼んでいる場合もある。

 支点と重心は、クライミングのすべての動きのベースになり、クライミングの動きを貫くものである。それを3つに分類することで、動きのすべてを捉えている。

 当然、つぎにみるフォームやテクも、この「モード」に貫かれていて、「モード」の身体の動きの上に成立しているものである。

 

 <フォーム> つぎに「フォーム」というのは、身体(からだ)の動きの一部であることには間違いないのであるが、ある一定の効果を狙った基本の身体の動かし方と考えている。一定の狙いを持った身体の動かし方の定番、セオリーと言ってもいい。

 考え方としては、力の組み立て、身体の力学から成立しているが、この背後には支点と重心の「モード」があり、「フォーム」動きに基本的な性格を与えている。

 「モード」は必ずしも効果を狙ったものでなく、ルーティンな動きすべてを分類し、説明するものであるとすれば、「フォーム」は一定の狙いを持った動きを実現するための、基本の動作、ということになる。

 「正対」「ハイステップ」「カウンターバランス」などがそれだ、と言えば理解が早いかもしれない。

 

 <テク(テクニック)> さらに「テク(テクニック)」とはなにか。小手先という程度に考えてもらっていい。4章の「フォーム」の考え方で、例をあげて解説しているが、野球のピッチングで投球フォームがここでいうクライミングの「フォーム」だとすると、カーブやフォークボールなどの変化球に当たるもので、文字通りテクニックによって実現されるものである。

 ただし、「フォーム」をベースにし、使われる場合もあるが、独立して、あらゆるルーティンな「モード」上で使われる場合もある。

 フォームとテクの区別はあいまいなところがあり、使用頻度もまちまちで、機能的にもたがいに依存しあっている場合もある。したがって、本稿の仕分けでは、ワザとしての重要度を考慮して、両者を分類している。

 具体的には、クロスムーブ、ヒールフック、チクタクなどの例をあげれば了解されるであろう。

 

 

  <ムーブ> 最後に、慣用句になってしまった「ムーブ」だが、これは今までどおり、あらゆる動きを指す言葉とした。いま、クライミングで「ムーブ」という言い方は、筆者の規定した、「テク」や「フォーム」はもちろんのこと、「モード」に対しても使われるし、さらに手順の意味の「シークエンス」を指す場合もある。

 あまりに何でも来いの、いい加減な語は便利だが、結局何も説明できていない、ということになる。ただ、ここでは、詳しく現実を規定する新しい概念を作ったので、このすばらしく便利な「ムーブ」という言い方は、人口に膾炙しているままに任せ、そのまま使用するのが、いいだろうと考えた。

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 最後に、モード、フォーム、テクの位置づけを、はっきりイメージしてもらうために、図解して説明しておきたい。下図は、モード、フォーム、テクの位置関係を示したものである。

 

 これでみるように、いちばん下の下部構造に「モード」があり、その上に「フォーム」や「テク」が載っている。フォームは必ず、モードとの関連で使われる。ただ、図でフォームのスペースが必ずしも大きくないように、クライミングでは、単にルーティンなモードだけの動きで登っていて、これが大半だ。

 これに対して、テクはフォームをベースにしていたり、そうでなく、直接、モードに載っている場合もある。

 

 なお、本稿の動きの組み立ての仕分けでは、ごく一部、例外的な扱いにしたものもある。モードにおける<Bモード・手軸によるコンパス>などだが、これは結構重要な動きなのだが、フォームと呼べるものでなく、身体の動かし方の1バリエーションであるため、モードに入れた。現実は人知をこえたカオスであるため、認識の力を超えたイレギュラーなものがどうしても残滓として残る。カオスをさらに説明できる方法論を編み出して、すべてを整合的に説明される方が現れることを祈る。

 

 

 ともあれ、クライミングシステムの2つ軸が、クライミングを理解する第一歩である。ひとつの軸は、誰しも考える「身体の力学、力の組み立て」(フォーム、テクなど)である。

 そして、これに加えて、クライミングのもうひとつの軸が支点と重心の捌き」(モード)である。この2つの軸、あるいは2つの因数がクライミングを決定している。

 2つの因数の組み合わせがどのようになされるか、また、どのように絡みあっていくか、この話はさらに、次章以下で発展させていくことになるので、続けて読んでほしい。

 

 

(コラム