2-4.ひとつの結論ーージャンルの違いは使うモードで説明できる

 

 本稿のひとつの結論をこの節で書くことになる。クライミングの各ジャンルの登りがなぜ、あるいは、どのように違っているのか? 決定的な違いとなっているのが重力パラダイムの選び方と捌(さば)き方である。パラダイムの選び方が各ジャンルの動きの違いについて、ひとつの秘密を明かしてくれる。

 

 ボルダリングジムに一度でも行った人なら知っていると思うが、

壁にグレード表なるものが貼ってあり、<むずかしい←→やさしい>というチャートが書かれている。

 ボルダリングの思想というのは、まさしくこのチャートの示している1直線であり、わかりやすい。つまり、いまは出来なくとも、技術を磨き、力をつけて、一歩、一歩、グレード表の示す階段を登りましょう、というわけだ。

 

 ではルートフリーはどうだろうか?もちろん、10aとか11aとかいったグレードはある。しかし、だれもはっきりとは意識せず、雰囲気的にしか捉えていないが、それをシンプルな難易度と捉えるのは、どこか、ちょっと違うと感じている。

 努力を積み上げていって登るようになる、というより、登り方を学ばなくてはならない、という漠然とした感覚がある。

 

 この違いは、すでに見てきたことの繰りかえしだが、ボルダリングの場合は、大部分が身体力学だけのシングルな構造になっていて、ルートフリーは、重力パラダイムという別の要素を加えたデュアル(2元的)な構造になっているためだ。

 ルートフリーのチャートがあるとすれば、<むずかしい←→やさしい>以外に、<わかっているか←→わかっていないか>だろう。

 何がわかっていたり、いなかったりするか? それは、すでに見てきたとおり、重力パラダイムとその捌きであり、本人は言葉で説明は出来なくとも、その方法を知っているか、いないか、である。

 

 グレードで見ると、2足歩行(Aモード)と手足4点支持(Bモード)のパラダイムは、壁によって、重複して使う部分がある。そして、重力パラダイムの転換をが<わかっている ←→ わかっていない>の境目は、人によっても違うが、10bぐらいから11bぐらいまでである。つまり、重力パラダイムなぞ分からなくとも、11bぐらいは登れる人がいるのである。

 

 身体力学だけのシングルの構造だけではデュアルな登りの必要な壁は登れないし、デュアルの構造に逃げる癖がつくと、シングルの高みをめざすことはできない。ボルダラーがなぜルートが登れず、ルートクライマーがなぜボルダーが苦手か、その理由を一言で言うと、こうなる。

 

 

 下図はボルダリング、ルートフリー、アルパインの各ジャンルの重力の選び方、捌き方をパラダイムの支点から、イメージとして示したものだ。

 ひと目でわかると思うが、アルパインというのは、AモードとBモードの一部しか使っていない。

 ルートフリーはA、B、Cの全部のモードを使うが、Bモードの特殊な動きはあまり使わない。簡単に理由を言うと、パワーロスが大きく、省力に反するからだ。

 ボルダリングもA、B、Cの全部のモードを使う。しかし、Cモードは積極的に使わない。その種の動きは、省力の要素があることから、パワーの発揮に100%有効でない。ボルダーはあくまでパワー発揮をねらうためで、類似の動きで代替する。

 この図自体の意味するところは簡単なのだが、説明しないと分からないと思う。

 3つの図は、横軸に壁の傾斜を、縦軸に壁の難度を、表わしている。

 要するに、各クライミングのジャンルの登りは、横軸と縦軸に囲まれた、それぞれの長方形の中に納まると考えている。

 そして、この各ジャンルのクライミングの登りの長方形が、どのような重力パラダイムで行われているか、を示したのが、この3つの図なのである。

 そして、横線、ゼブラのうすい部分がA、Bモード登り方( 正対)、一方、黒色の領域が、Cモードの登り方(手足4点/重心外側のパラダイム領域)である。

 ただ、A、B、Cモード、両方使うことができる領域があるので、それは横線・濃いゼブラのグレーゾーンで示している。

 

 それぞれのジャンルのクライミングが、どのようになっているかを見てみよう。

 まずボルダリングは意外に思うかもしれないが、ゼブラのA、Bモード領域が非常に大きい。グレーゾーンの部分を含めて、うすかぶりまでは、A、Bモードを使っている。オーバーハングがかなり強まっている部分までA、Bモードを使い、Cモードはやや少ない。

  これはどういうことかと言うと、ふつうならクリア出来ない領域も、身体能力と運動の強度でこなし、正対などの重力パラダイムで登ってしまうのである。

 ボルダラーが登っているところを見れば分かるが、身体を倒したり、重力バランスを変化させたりすることは少ない。本当はその方が楽なのだが、むしろ運動の強度で解決しようとする。また、持久性を無視できることにもよる。

 すでに触れているが、手に足も、結局、足の代わりに手をつかっているもので、考えようによっては「手と足に重心をかけた正対」である。

 

 ルートフリーについては、オーバーハングはほとんどCモードで登っている。しかも垂壁でも、さらに少し立っているスラブでも、グレーゾーンをふくめ、Cモードを積極的に使っている。 ボルダリングにくらべて、Cモードの領域がかなり大きい。

 これは壁の傾斜に応じて、登り方のパラダイムを積極的に変えていると言える。パワーがセーブできるなら、易しいところでもそうする。

 壁の傾斜が変わったら、最も有利なように重心のパラダイムを転換し、つまり登りを変えて、パワーセーブするわけだ。

 ボルダーと比べて、壁は高く、登りが続き、省力しなくては終了点に到達しない。核心の克服のために不必要な力を使う登りは避ける。そのためにパワーを温存して、無理な登りしないというわけだ。

 以上が、ルートフリーとボルダリングの登り方の違いである。

 

 ここで、反論が出るだろう。いや、ボルダリングの方が手足を自在に使って登っているので、モードの使い方は自由なはずだ・・と。しかし、見かけの派手さにだまされてはならない。

 ジャンプしたり、飛びついたりする派手な動きは、少なくともスタートは、<正対=A、Bモード>でないと、パワーが出ない。

 重心を両足の間から、はずした姿勢<Cモード>では、ジャンプなど力、瞬発力が発揮できない。

 

 このあたりの動きの違いは、固定観念から離れて、しっかりと観察してほしい。アクロバチックな動きは、確かに、ふだんの重力パラダイムと違っているように見える。

 しかし、それは動いている移動の際の姿であって、スタートの踏み込みは、<正対のパラダイム=A、Bモード>以外の何物でもない。そして、動きとしては、A、Bモードの方が強度を実現できるため、動きに可能性があり、すぐれた動きを発現できるのだ。

 

 最後にアルパインを見ると、垂壁はもちろんのこと、うすかぶりでも、A、Bモード(=正対)を使っている。うすかぶりを越えると、Cモードが出てくるものの、それ以上の傾斜になると、本来アルパインの領域でなくなる。

 基本、正対のパラダイムで押し通す。とはいえ、ボルダーのようにジャンプなどはしない。そのため難度は低い登りになる。しかし、アルパインはいわば山登りで、危険性を排除するから、それも当然であり、そこに合理性もある。

 極端なたとえだが、登山の途中で、大石が出てきたとしよう。登山では、たとえ出来たとしても、それにジャンプして跳び上がるというようなことはしない。ジャンルによって狙いも趣旨も違う、その結果、動きも違うのである。