2-1.クライミングの上達曲線・・とつぜん登れるようになる理由

 クライミングを仲間と始めた人は分かると思うが、同じように始めたのに、周りを見渡すと、理由もなく、登れる人と、そうでない人がいる――そういうことが、初期の経験としてないだろうか?
 実際のところ、クライミングの上達は、人によっても、また、学習過程でどういう練習をしてきたかによって、一様でなく、上達スピードにも説明できない違いが出る。
 下の図は、クライミング学習者の上達スピードを示した「クライミング上達曲線」である。


まず図1のルートクライミングは、ひと目、見て分かるように、グラフはかなり特異な曲線を描いている。
 上達は時間投入量に比例するとはいうものの、技術的に難しくなると、上達速度は遅くなって、グラフは寝てくるいうのが普通だが、このグラフは、あ
  るところにきたら突然立ち上がっている。クライマーはとつぜん登れるようになるのだ。

 ただし、この上達曲線には、あくまで学習方法に誤りがなければ、という前提があって、まちがえると、破線のグラフで示しているように、停滞局面に入ってしまう。
 つまり、上達曲線に分岐があって、そこで、いわゆるうまい下手の違いが最初に現れる。
 ●
   
 さて、一方で図2だが、これはボルダリングの上達曲線である。この方は、難度が増すと、上達曲線はどんどん寝てくるが、それでも時間投入量に比例している。素直な曲線だ。
 ボルダリングの曲線は分かるとして、ルートの場合、なぜ、こういう特異な曲線になるのか?          

     それは、ルートクライミングの上達の過程で、身体の動きの質に「裂け目」があるからだ。このスポーツが上級にいたるまで、同質、同パターンの身体の動きが連続していれば、正比例のグラフになる。
 

 どのようなスポーツにも、それぞれ特有の動きがある。クライミングでは、アルパインもルートもボルダリングも、それぞれに応じた身体の動きがある。
 これらの違いを単に壁の高さ、要する時間など、外から見た基準で把握し、身体の動きの質的な違いがあることを見逃していると、この裂け目に落ち込んでしまう。

 それぞれのジャンルが、登ることに変わりがなく、違いが距離、高さ、時間など、外面的なものに過ぎないように見える。しかしたとえ、違いが物理的で、外面的であっても、それは動きの質となって、そのスポーツに組み込まれるのである。スポーツを取り巻く要因、条件は、そのスポーツ独自の動き方の質を決めていく。量的なものも、質に転化する。

 つまり、現代のクライミングの混乱のひとつが、ジャンル違いが、動きの質の違いとなって、登り方の中に組み込まれている現実を、まるで理解していないことにある。
 ルートクライミングの上達の裂け目とは、登り方の違いが、クライマーの登りを通して、「身体の動きが違う。同質でない」と異議申し立てている場所である。

 努力を積み上げていけば、やがて高みに――と考えたい気持ちは分からないでもない。しかし、壁が「その登り方ではない」と異議申し立てしているとすれば、従来の固定
観念をひとまず置き、それに耳を傾けなくてはならないだろう。
 
 
 さて話を戻し、前ページのルートクライミングの図1を具体的に見ていこう。
 このグラフには時期的に3つのステージがある。まず、スタートから10a,bまでが第1期である。そのあと急速に立ち上がり10a,b~11a,bまでが第2期。さらに、11b,c~以後が第3期である。

 もちろん、各期の境は人によって違っている。あくまで、おおよその仕分けと考えてほしい。

 ともかく、この3つの期のうち、もっとも大きい裂け目は1期と2期のあいだにある。その裂け目とは、身体にかかる重力方向の捉え方、その捌き方(重力の場の選択)にともなって出来ている裂け目である。
 後で詳しく述べるが、とくにルートクライミングは、この裂け目が顕著に現れる。

 1期の登りがどういうものか、と言うと、立ち上がり、歩き、登り――という日常の身体の動きの延長で、地球の引力にさからって、身体を高みに上げていく動きであり、その代表格がいわゆる正対と呼ばれる登りである。

 しかし、重力方向に対して、このように真正面から抵抗しようとする方法には限界がある。さらに高難度を目指すには、従来にない方法が考えられる。

 それが第2期である。この期の身体の動かし方は、重力にまともに逆らわず、身体の構造の有利な特徴を使って重
力を支え、あるいは回避し、逃がす。

 もちろん、どのように支えようと、かかる重力は変わらない。しかし、重力の場をコントロールする一定の方法を使えば、有利に重力を捌き、目指す動きを実現できる。
 それは、いわば身体の姿勢どり(重力の場の選択)であって、決して力の組み立てではない。そこがミソである。力だけで身体を動かせるという考えは、われわれが地球の引力を受けていることを忘れている。

 こうした重力の場とそのコントロールが、この章で、この後いろいろ解説していく「重力パラダイム」であり、「重力の捌き」であり、「モード」なのである。

 とくに鍛えていないクライミング経験のごく浅い人でも、2期の登りのカギである重力の捌き(モード)のツボを掴めば、そこそこ登れる壁、それが2期の壁ということになる。
 グレード的に言うと、それは10a~bぐらいから始まる。そして11a~bまでは、普通の体力があって、モードがきっちりきまれば、すこし鍛えていくことで誰でも登れる。

 このように普通に登れるはずのルートで、アルパインクライマーやボルダラーが、よく失敗するのは、1期と2期の重力の場の裂け目を理解できず、力で押し通そうとすることで起きる。
 彼らはなまじ実績があり、従来の方法論(1期の方法)を捨てきれず、さらに従来の登り方が刷り込まれてしまって、その方法に固執してしまうためだ。 

 ●第3期からクライミングも普通のスポーツになる

 2期とは重力の場のコントロールをしっかり身につけ、身体の動きに生かしていく時期である。重力の捌きをマスターし終えれば、それが2期の卒業になる。
 では次の第3期とはなにか?結論から言うと、2期と3期の間には、1期と2期の間にあったような裂け目はもう見られない。
 3期に入ると、それ以後は、身体能力の向上、技術力のアップにかかっており、こう言っていいなら、普通の地上のスポーツと同じレベルアップの過程を踏まなくてはならない。
 見過ごしているが、地上の他のスポーツでも実は裂け目はある。
 ただ、それが簡単なものとして初期に出てくるか(自転車)、クライミングのように、習得の過程のど真ん中で出てくるか、の 違いがあるだけだ(スキーも似ている)。

 3期からグレードを上げていくためには、身体の柔軟性、足の強力で、的確な押さえ、部分的な細かい筋肉の活用、体重と姿勢を保持する体幹の力、重力を背中から腰まで逃がす筋肉の協調性――など、身体の力全般が問われるわけだ。必要なのはトレーニングである。
     誰でもそうだが、めざす登りが出来ないときは、そのために力をつけ、動きを組み立てれば、出来るようになると考える。しかし問題は、これまで見たように、力の組み立てだけで解けるものではない。エントリーしているクライマーはともかく、指導的な立場にあるクライマーもそのことに気がつかず、解答が力の組み立てしか示せていない現実がある。それが最も大きな問題だろう。