1-2.クライミングの失敗はなぜこんなに起きるのか?

 ●クライミング失敗のパターン

 

 迷い道に入り込んで、停滞ないし足踏み状態、といったクライマーに時々出くわす。ひとには年齢や身体能力などによって、それなりの限界というものがあり、上達スピードが頭打ちになり、伸びが止まってくるということはある。

 しかし体格もよく、身体能力もあり、年齢の問題ともいえないのに、うまくいっていない、という例が少なくない。すくなくとも身体能力いっぱいまでは登れるはずなのだ。そこまではせめて続けてほしい。

 では、クライマーはどのように失敗しているのか、また、それはなぜ起きているのか?

 

 クライミングが一向に進歩しない、停滞状態である、という代表的な例はつぎのようなものだろう――。 

 

 1)何年もやっているのだが、登りは変わっておらず現状からの脱皮がないというタイプ。

 これはあまりに一般的すぎて、答えようがない。ただ、いくつかのパターンはある。たとえば、クライミングを力で登るものと勘違いしている人。クライミングは力ではない。

 

 似たパターンだが、クライミングは力にせよ技術にせよ、その積み上げで、上達の道程は日常の動きから、一直線にならんでいると思っている人。

 1-6で触れるが、その結果、動きの転換が分からず、登りのパラダイムの転換になじめないひと。つねに安全地帯に留まりたい人(決して危険地帯に入るわけではないのだが・・)。

 

 つぎに2)外岩中心でやっていることもあって、登り自体には慣れているのだが、コンセプトのある身体の動きができていないというタイプ

 壁の中での移動はできるが、はっきりした目的の動きに欠ける。スポーツとしてクライミングの登りを組み立てる経験が少ないせいだろうが、それで結構登れているから、新たな動き方を取り入れない。そうすると進歩がない。

 それにインドアは人工だから、自然の壁にはありえない、まったく不自然な設定があって、外岩ではタブーの動きもある。非合理だと感じると思うが、タブーも身につけることで、動きに幅が出る。身体の動きをセグメント(分割)して、最大値を出す努力をする。インドアはそうしないと高難度は登れない。

 

 さらに3)垂壁、スラブはいいが、ハングとなると怖くてダメ。タイプのちがう壁をこなせないタイプ。これはクライミングの重力の受けとめ方を一側面でしか理解していない人。カウンターバランスが効果的に出来ない人。やはりパラダイムの転換の技術を十分理解して自分のものにしていない人。日常の重力環境から脱したくない人、そういう人たちである。

 

 4)クライミングの偏ったジャンルから抜け出せないタイプ。ボルダーからルート、アルパインからルート、ルートからボルダー、といったジャンル横断でこれが起きる。通うジムの関係、山岳会の関係などでこうなる人が多い。これについては、いろいろなパターンごとに、下記で改めて考えたい。

 

  ともあれ、以上のクライミングの4つの失敗パターンのいずれの場合も、経験的なインストラクションで、どうすれば登りが改善されるか、その処方が提供される。しかし、実際には、そういう処方で改善を講じても、たいして進歩、改善が見られない。なぜか?

 

 ようするに、こうした失敗は身体の動きを原理的に考えないで、改善しようとしているためだ。経験に頼ったトレーニングとトライの繰り返しのインストラクションを見ると、やさしい基本を通り越して高度な動きに入ったり、壁の傾斜との関係を押えないで、身体の動きを積み上げ、反復練習するしたりする。

 実のところ、話はさかさまで、改善を試みている「つもり」だが、改善どころか、むしろ間違った方法を助長して、さらに間違いが深刻になっている

 もちろん、本人は動きの意味を理解していない。インストラクションが終われば、もとの居心地のよい自分の身体の動きに逆戻りしている。

 

 そこでは、ほんらいの意味でのクライミングの動きの原理が、解明されてはいない。そして頑張りや根性で問題を克服できると考えている。1足す1は2にはならない。ときに答えは1以下になってしまったり、ときに2どころか3になったりする。運動というものはそういうダイナミックなものである。

 

 ●ジャンル横断が問題解決の糸口を示している

 

 さて、失敗パターンの上記の4)のジャンル横断について、あらためて説明しておこう。

 

 クライマーには実に多いのが、ひとつのジャンルのクライミングは出来るのだが、その技術が他のジャンルに通用せず、得意ジャンルはうまいが、他のジャンルはからきしダメというタイプである。

 不思議な現象だと思われているが、本当を言うと、このジャンル横断の問題は、クライミングの基礎的な身体の動きがどういうものか、そして、そこから起きるクライミングの失敗の本質をもっとも端的に示してくれているのである。

 最初に見た、1)の一般的なクライミングの停滞を打破してくれるヒントもここに隠れている。

 

 と言うのも、ジャンル横断はクライミングの身体の動きの原理と正面から向き合うことになるからだ。問題をあいまいにごまかしたままで、成し遂げられないからだ。

 ではジャンルの横断でよく見かける失敗のパターンを細分化して以下にあげてみよう。 

 

 a)アルパインクライマーのベテランだが、フリークライミングやボルダリングは苦手

 =アルパインとルートフリー、ボルダリングはスポーツとして身体の動きの趣旨が違うのである。このことはきっちり押さえておいたほうが良い。アルパインは落ちないことが前提、フリー、ボルダーは落ちてナンボなのだ。

 そのことは身体の動かし方に大きく関係して、身体に染み付いてくるものだ。それを知って意識的に練習しないと、ジャンルの横断は出来ない。このタイプの人は、2点支持も、カウンターバランスやダイアゴナルもできない場合が多い。ほぼ正対クライマーである。

 

 b)ボルダリングはうまいのだが、ルートはどう登っていいか分からない 

 =こういう気の毒な人が増えている。身体の動きはすばらしいのだが、4-5手で力尽き、行き詰る。ルートフリーとボルダリングを、壁の高さと持久力の違いでしか捉えられず、たしかに難しいことだが身体の動きの違いを見ていない。現代クライミング理論の犠牲者である。

 

 c)上記の反対で、ルートは得意だが、ボルダーは苦手というタイプ。女性などに多い 

 = これは上記の b)と同じで、ルートとボルダーでは身体の使い方が違うのだ(もちろんアルパインもちがう)。カウンターにもボルダーのカウンターとルートのカウンターがある。これら見れば分かるのに、誰も見ようとしない。

 

 d)インドアは12も登れ、ボルダーも得意だが、外岩はからきしだめ 

 = インドアクライマーの悩みだろう。ホールドやスタンスが自然と人工で大きさも違い異なるためだ、というのは誰でもいえる。それぞれ違うスポーツだと言い切ったクライマーがいた。結論からいうと、動き方、登り方がそれぞれ違うのだ。

 対象物の少しの差が、それを捉えて登るクライマーの動きに大きな違いを生んでいる。ひとつひとつ違いをピックアップして、動きの差を研究しなくてはならない。

 こんなこともある。5.9程度の外岩の、ムーブも何もないはずのところで、11の難しいムーブ繰り出して通過しようとして、自滅しているインドアクライマーを見た。自然は別にムーブを設定し課題を作っているわけではない。

 

 4-e)外岩は12-13は登るのだが、インドアは11ができるかどうか 

 =これはやや少数派だろう。外岩にだけシフトしているクライマーが少ないためだ。ただ、私の知っているクライマーで、13を登ったけれど、インドアの11aがやっとという人もいる。

 このような例で、基本的に言えるのは、身長やリーチ差であろう。とくにインドアルートは背の低い女性にとっては、圧倒的に不利である(私見だが人工ストーンで、この差を埋められるホールドは十分開発可能だと思う。それが出来ないのも、ホールドはこういうものだという固定観念だろう)。

 ただ、それでも小柄な女性で、インドアの高グレードを登る人もいる。したがって、やはり身体の使い方の違い、それとルートの選び方も関係する。

    

      *       *        *

 

 なんとか登れるようになろうと、クライミングを練習している学習者が、以上のような現実に出くわし、実際のところ、だれも方法、原因を示してくれないとしたら、途方にくれてしまう。

「クライミングと一言でいうが、問題はそう簡単ではない。こうなるとクライミングをどのように捉え、どのようにトレーニングすべきか焦点が定まらない」という思いになって当然だろう。

 

 じっさいアルパイン、ルートフリー、ボルダリング、アウトドアとインドア、これらのジャンルの横断をしようとすると、結局、身体の動きを仔細に理解しないといけない。身体の動きの違い、原理を知らないとジャンル横断の克服はむずかしい。それ抜きに、横断の処方箋などはない。

 


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