あとがき

 わたしが、クライミングにおける身体の重心の位置の重要さを始めて気づいたのは、4年ほど前のことです。当時、若いKさんという女性と登っていたのですが、彼女はどうしてもハングの11が登れない。

 それは埼玉にあるベースキャンプの大壁のルートでした。なんとか登らしてやりたいと思ったのです。彼女はその大壁に限らず、登っていると、手が張るというのです。身長は160cm前後で、体格としては、なにも問題がないのです。

 ずっと見ていて気がついたのが、ちょっと見では分からないのですが、どうも彼女は、いつも安全姿勢に入ろうとしているということでした。決して重心をはずさないのです。これはかなり見ないと分かりません。

 

 女性に多いタイプで、危険なバランスには入らない、安全姿勢を取ろうとするわけです。気持ちは分かりますが、それでは動きも決まらないし、手が疲れるだけです。

 それで、身体を乗り出し、重心をはずすように、さんざん言いました。しかし何度言っても、恐怖感には勝てなかったようです。

 

 彼女は熱心で、ボルダーにも通っていました。力も付きますし、練習自体は結構なのですが、力がつくことで、力にさらに頼り、安全体勢で登ろうと、いうことになります。ボルダーはそもそも、重心をはずような動きはしないのです。やめた方がいいと思いましたが、個人の自由なので、それ以上は言わなかったわけです。

 

 その後、彼女とはのぼらなくなり、2年ほど経って、ひさしぶりに出会うことがありました。そのとき、彼女が「あれから、すぐ登ったんですよ」と言った時には、わたしも大喜びでした。私の言ったことが当たっていたとは言いません。彼女がその意味を理解していたかどうかも疑問です。しかし、何がしかの効果があったと思っています。彼女の登りは結構、年季も積んで慣れているわけで、それ以外の原因が見当たらないのです。

 

 その後、いろいろなクライマーの登りを注意してみるようにしていますが、核心部分は覚え込んで、きれいに平衡カウンターを使う反面、なんでもないところでは、逆に守りに入り、腰が引けて、重心がはずせない。しかしやさしい部分だから、力で切り抜けている。覚えたところはできるが、通常のところでは、できていないーーそういうクライマーをよく見かけます。そういう人は、何年も登っていて、もう、重心をはずさない=安全姿勢でいる=Bモード、という刷りこみが入っているのです。

 

 さらに、ボルダーでは、たとえば忍者返しなど、アップで登るのに、河又の10cがトップロープで抜けられない。あるいは、初段を登ったのに、城が崎の10cでテンションが入る。

 あるいは、Nさんというベテラン女性で池田フェースの11dを登ったのに、kさんと同じ、ベースキャンプの大壁(11a)は、5mも行かずにおりてくる。ハングがダメなのです。

 

 最近は、こういう不思議な光景をあちこちで見るようになりました。クライミングなのに、なぜこんなことが起きるのか、原因はKさんの登れないのと同じところにあると、私は思っています。

 そして、登れないというので、せっせ、せっせとボルダー通いして、力をつけている。

 これなんか変だな、と思い、その変な原因をトータルな動きから、解き明かそうとして、書いたのが本稿なのです。