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ビギナーに聞けばオーバーハングというのは、非常に難しいというのが大方の回答だろう。また、筋力がないと登れないと考えている。女性などはとくにそう思っている。
これは一般論だが、女性がなぜハングが苦手かというと、たしかに腕力、筋力が男性に比べて弱いからという理由もある。しかし、実際はそれよりも、恐怖心、不安感というものが原因の大きな部分を占めている。
女性の中には、落ちることが、落ちるその感覚が耐えられないという人が多い。専門家でもないので、正確なことは言えないが、これは母体保護の本能のように思える。しかし、女性の中には、何度も怪我をして、足のボルトが入っているのに、それにでもこりず、冒険的な登りを繰り返す人もいる。人によって違うとしか言いようがない。
それはともかく、実際のところは、ハングの技術はわかってしまえば、ある意味、ワンパターンで登りやすいし、難度からいうと、むしろ垂壁やうすかぶりの方が、複雑でよほど難しい。落ちても壁の途中でぶつからないから、垂壁やスラブより安全である。女性にそのことが分かってほしいと思うが、まず分かってもらえない。
力という点で言っても、ハングを登るのに、鉄棒にぶら下がるだけの力があれば十分で、筋力はさほど要らない。鉄棒理論そのままである。鉄棒にぶら下がるのに、筋力が要るだろうか?オーバーハングは、身体のこなし方が分かってしまえば、ワンパターンで意外にやさしいのである。
さて、オーバーハングをどう登るか?
シークエンス(手順)を一般化して解説しようと思えば、出来ないことはない。しかし、そのような説明をしても、手足の動かす順序を話していくと、いろいろな選択肢があってどんどん複雑になって、聞いているほうはあたまが混乱するだけだ。
実際、ハングはそういう手順、足順を頭に入れて、登るものではない。ひとに足も決めてもらって、右だ左だ、という練習しているのをときどき見かけるが、話が逆で効果が乏しいようにも思う。
それでは、重力を三半規管でとらえる、という最も大事なことが、お留守になるからだ。かたちでは重力は実感しにくく、その逆であり、重力把握の結果がかたちになる。クライミングのインストラクションって、いつもこんなふうでアベコベだ。
それにもまして、手足が4本もあって、順序だけでも混乱するし、その際の重心のかけ方を覚えようとしても、とても頭がついていかない。かりに頭で理解できたとしても、実際の登りと、頭で理解することは別のことで、登ろうという目的から言うと、そんなことは徒労である。
この論考でも、さんざん考えた結果、結局、イメージで捉えた方が早道だと考え、基本の方法を以下に示すことにした。この練習のポイントは、典型的なある定形をきめ、その定形から次の定形へ移動する、というものだ。
しかし、定形から定形への移動や姿勢作り、調整は自分で行う。三半規管で、重力方向を感じ、身体をそれに合わせ、かたちを実現することが、まさしくオーバーハングを学ぶことになるのである。ひとのかたちを真似ても、参考にはなるが、最も重要な「自分でバランスを見つける作業」にはならない。
なお、この定形練習を実現した後、バリエーションに進まなくてはならない。しかしすでに、最初の定形練習で、重力感覚が分っているはずだから、できるはずだ。そこそこのバリエーションが自然に解決できるようになってオーバーハングは登れたと言うことになる。
オーバーハングの登り方その1.
>>3角形を作る<<
ボルダーエリアなどのオーバーハングで、図のような三角形の姿勢をつくる。両足で底辺を作り、片手で三角形の頂点をもつ。なお、動きと関係するので、ここでは両足を左にむけておく(図のようにつま先を、左の方向に向け、身体も半身でやや左向きになる)。
このとき重要なのが、もう一方の手はぶらんとさせ、2本の足、1本の手で壁にぶら下がる。身体は無理に壁にくっつこうとせず、重力に任せてしまうことである。
保持しようなどと考えない。肩や腰など身体に力を入れてはいけない。力を入れるとしても、ホールドを持つ手のひら、また、滑らないようにスタンスに乗る足先だけだ。
そして姿勢ができあがったとする。これがオーバーハングの定形姿勢なので、覚えておきたい。そして、最も重要なのが、ブランとした右手が、肩から自由に自在に動くかということだ。
この手が次のホールドを取るわけで、動く範囲が狭いと、ホールドは取れないからだ。
そして次に、この右手で、どこでもいいので、登る方向のホールドを取ってほしい。
そうすると、その瞬間、手の支えは2本になるので、片足は動き、ステップはできる。これで両足(順序はこだわらない)でちょこちょこ稼いで行き(次第に持つ手は最初の左手から、右手に移していく)、ホールドを取った手を頂点にして、図のいちばん右の三角形を作る。
この間のステップの理想は、図のように左足のアウトサイドでストーンに乗るかたちだ。ステップは実際の登りもケースバイケースなので、自分でつくる。もちろん、ステップは数が少ないほど良い。
最後は右手にぶらさがり、左手をはなして、ぶらんとさせる。このとき、姿勢と身体の向く方向は、最初のものとは反対の右方向、最初の定形に対して対称形となる。
ここまでがひとつのパターンユニット(単位)である。
次は、切り返して左上を目指す。登り方は初めと一緒で、ただ反対向きの登りになるだけだ。
そして、次はもう一度右、さらに左と繰り返す。
左の図のように、定形の三角形を重ねるように、壁を登っていく。
オーバーハングの基本の登りの出来上がりである。
繰りかえしになるが、インストラクションで、足を決めてもらっても、みな身長は違うし、身体の動かし方、重心も人それぞれ癖がある。重力把握がもっとも微妙になるオーバーハングで、人のかたちをトレースしても、それは無理して人の重力感覚を真似ていることになり、むしろマイナスが多いと思う。
それに、体型はみんな違うし、動き方の得手、不得手もあって、微妙な重力の把握が乱れてしまう。つまり、下のチャートのように、人のかたちを学び、さらに自分のかたちをつくるという、二度手間になる。問題は自分のバランス、動きを作ることなので、それに直接、取り組むほうが、1ステップ、ショートカットになる。
<手も足も決めてもらって登る>
自分の動き → 人の動き(身長、体形他)→ 自分のバランス、動き
<自分でかたちをきめる>
自分の動き → <ショートカット> → 自分のバランス、動き
自然に次の手足が出てこそ、登れたということになる。そのときの身体のバランス感覚、手足の自然な捌き、移動が感覚として身につくことが大切なのだ。
女性はお手本を真似るということに秀でているのだが、オーバーハングでは、それが仇になる。わたしはよく言うのだが、クライミングはあらかじめ描くかたちが決まっている「ぬり絵」ではない、オーバーハングはその最たるもので、自分なりの形を作れないと、最終的には登れない。
さて定形の登りが自分の重力感覚で出来れば、7割方はマスターだ。つぎは定形の動きの方向を変え、さらに定形自身を変える。
最初に、定形を同方向に継続する方法である。つぎのバリエーション(イ)で説明する。
バリエーションと言えばむずかしいように聞こえるが、定形ができたひとなら、簡単に出来る。すでに重力把握、重心移動の感覚が、三半規管を通じて、脳にインプットされているからだ。
バリエーションが分かったら、最後は、移動の域を広げたり、かたちを変えたり、ホールドを悪くする。でも、そんなことはずっと後でも良い。登っていれば、自然に出来るようになるので、几帳面に考える必要はない。
さて、定形を同方向に続けていくバリエーション(イ)を示しておく。
左の図、バリエーション(イ)は、同方向の継続だ。最初のパターン練習が、右、左、右の交互の繰りかえしだったが、今度は右 → 右の同方向に動く。
①→②までは同じだが、③に移行する前の体勢作りで、ここで持っていたホールドを持ち替えて(②’)、左手で取り、
③の次のホールドを取る。持ち替えたあと、①→②と同じ動きをするわけだ。
③のときの姿勢は、左向き、右向きの両方ありえる。しかし、間違っても正面は向かない。3章の体側姿勢でこのことは言っている。
この動きのポイントは、手のマッチ、そして持ちかえで、なにも新しい動きはない。オーバーハングはどの部分でも同じだが、足の運び、重力の捌き、バランスであり、常に変化するから、それは練習するしかない。
こんどは、定形を変化させたバリエーションだ。バリエーション(ロ)である。この場合は、最初の三角形から出発するが、つぎに目指すかたちが、フラッギング(3章00節)になる。フラッギングが分からない人は、まず、これを練習した方がいいかもしれない。
登るスタイルは2つある(Ⅰ型とⅡ型)。ただし、2つとも最初の動きは、いちばん初めに見た、定形の3角形の登りと変わらない。図で言うと、①と②は、まったく同じのぼりである。最後の③の安定の仕方が違うだけだ。
順に見ていくと、まずⅠ型は定形の3角形の方法でスタートし、③の場面は、次のホールドを支えにして、足をちょこちょこ運ぶのだが、同時に矢印で示したように、身体を回転させる。足は最終的に右足の片足でEに乗り、左足は切って流す(フリーにする)。右手、右足で支えて、身体の体重を後方にかければ出来上がりだ。右足を軸にしたフラッギングスタイルになる。
つぎにⅡ型だが、これもⅠ型の説明と変わらない。最後が左足で押さえ、右足をバランスをとるように前方に流す。これはカウンターバランスの姿勢である。
足の運びは、やはり、ちょこちょこである。問題は、この足の運びで、左に向いていた足を、踏み替えながら、また身体の向きを変えながら、右に向ける。
足の運びという点で、花魁(おいらん)道中の花魁(おいらん)の内股の運び方になる。これは、4章0節の「切りかえし」の足の運びと同じだ。
なお、Ⅰ型とⅡ型の違いは、図で○で囲んで示したが、その部分だけが違うだけである。
順に
(作成途中)
つぎは、ひとつの理解の方法として、やしの木登りの方法である。
左のような椰子の木を想像してみよう。この椰子の木、結構太いと考えてほしい。両足を置ける余裕があるのである。
椰子の木というのは、成長するにつれて古い枝が枯れて落ちていくが、枝の根元が突起として残る。これが、ホールドとスタンスの代わりになってくれる。
そして、この椰子の木、上部に行くと、たわみでオーバーハングになっている。これをどう登るかである。
繰りかえしになるが、オーバーハングは覚えて登るものではないということ、自然に次の手足が出てこそ、登れたということになる。そのときの身体のバランス感覚、手足の自然な捌き、移動が感覚として身につくことが大切なのだ。
なぜオーバーハングが登れないかと言うと、この論考でもさんざん言っている、「まっくろくろすけ」の手足4支点による重力パラダイム転換ができていないからだ。オーバーハングでは、この問題が究極として現れる。どうしても2足歩行パラダイムから脱しきれないと、結局、オーバーハングの身体の動きを実現できない。
一般にオーバーハングが苦手なのは女性に多い(もちろん女性でもうまい人はいる)。これは、あくまで個人的な考えだが、思うに女性には母体保護の本能があり、危険と思われる領域を本能的に避けるからだと思う。そして、女性は危険領域に入るよりも、細かい作業や、微妙なバランスに意識がどうしても向いてしまうためだろう。だから、垂壁やスラブの方が得意だ。
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それはともかく、どうしたらオーバーハングを登れるか、を考えてみよう。オーバーハングの登りの問題はいくつかある(ここでは120-150度程度の壁で考えている)。
1)三角形で登る・・図で示したように、ハングの壁で、手足の支点でAないしBの三角形を作ってみよう。AもBも結局は同じなのだが、とりあえず分かりやすいと思う。
Aの三角形では両足で底辺をつくり、三角形の頂点のホールドを片手で持つ。要するに、手足3支点で壁にぶら下がっていられる状態を実現してほしい。ぶら下がって、身体の重心になるお尻を無理なく保っておける姿勢の位置を見つけてほしい。
この姿勢をみつけることがオーバーハング解決のカギなのだ。手に力を入れて、無理やり壁にくっついていようとしたり、姿勢を保とうとしてはいけない。手を伸ばして力を入れず、地球の重力に身体をまかせて、文字通りぶらさがるのだ。
ホールドさえ良ければ、20-30秒ぶら下がっていられるように練習しよう。それが出来るようになったということは、自分の重心の位置を見つけたということであり、この重心の位置を見つけるようにならないと、ハングは登れない。これがカギなのだ。
そして、10秒や20秒ぶら下がっていられるようになったとしよう。このぶら下がりの姿勢では、片手は遊んでいるわけだ。そして、次の動きとして、遊んでいるこの手を使って、別の三角形を作ることを考える。Aの三角形から、A1の三角形を作る。
そのとき、片手保持から、とうぜん両手保持になるので、足の支点は、それまでの2箇所から1箇所にする。手2箇所、足1箇所の三角形に移行する。絶対にしてはいけないのは、手で次のホールドをとる瞬間はいいが、手足4支点の4角形になってはいけない。
三角形から逆三角形に移行する。これを繰りかえし、三角形→逆三角形→三角形→・・・と続けていく。この移行のポイントは、最初覚えた重心の位置を、つぎに少し違う重心の位置に変えていく。この重心の位置の変化、移動を練習する。
すでに言っているように、4箇所での保持はタブーである。4箇所で保持しようとすれば、猛烈に疲れる。これについては、<3-5 2点支持か3点支持か、紙とボードで支持の原理を考える>で説明している。
ここでは入門ということで、三角形の3点支持で説明しているが、できるようになれば、2点支持も自然に出てくるはずだ。ハングは2点支持ないし3点支持で上るというのがセオリーであり、4点支持でハングは登れない。
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三角形から三角形へ、という説明をしたわけだが、とは言ってもこのときの手足、とくに足の運び、ステップをどうすればいいか、というのがビギナーにとって問題となるはずだ。
この足のステップは、もう正対のぼりのステップではない。まず最初に踏み替えを学ばなくてはならない。踏み替えの足のステップを示したのが図2である。踏み替えをしなければ、結果、足2点、手2点の4角形を作ることになってしまう。踏み替えすることで、足1点(踏み替えによる)、手2点による3角形の連続を作っていくことが出来るのだ。
(作成中)