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2章(2-4,5)において、フォームがクライミングのために必要な基本要件からの力学と、重力を捌くパラダイム転換のいわゆる2面性を持っていることを解説した。
ふつう教本では、3段論法的に身体の動きを組み立てる方法として、フォームやムーブを学ぶ。いわゆるハウツーだ。しかし、それをしても、往々にして狙いの動きの実現に至らない。似てはいるがどこかちがう、ということが起こる。それは重力に対する視点と、それの捌きが抜け落ちているからだ。
この節では、いままで誰も試みてこなかった重力のパラダイムの視点(A、B、Cモード)で個別のフォームを位置づけ、フォームの本当の姿をみることにする。
この3、4章で、いろいろな個別のフォームについて、細部にわたって詳説した。それは、これまでの通念、つまり平板なハウツー論を是正するためであった。
しかし実際のところは、そうした細かいことよりも、フォームを大枠で捉え、動きの本当の意味を知ることの方が大切だ。
極端なことを言うと、この節だけで、クライミングのフォームのなんたるかが、理解できるはずである。
なお、A、B、Cモードについては、2-4でそれがどういうものかを説明している。飛ばして、この節だけを読んでいる人は、そこでの説明をみてほしい。
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個別のフォームについて、重力の捌き、つまり、どのような重力パラダイムの実現を行うべきか、について以下に見ていくことにする。
<静的(アイドル時の)フォームにおけるパラダイム転換>
イ)正対・・・これは歩行の動きと同じであり、重心はつねに両足の間にあって、まさしくA、Bモードであり、そのうち、身体の正面を壁に向けている姿勢を言う。開いた両足が邪魔をするので、静止状態での運動域は狭くなる。また、オーバーハングでは身体が開くモーメントをまともに受けるので、オーバーハングの登りには適さない。
ロ)体側姿勢 ・・・体側姿勢は重力の位置を問題にしていない。したがってAでもBでもなく中立的なのだが、実際にこの姿勢をとってみると、重心は両足のあいだからはずした方が楽なので、自然にそうなる。軽いCモードになっている。
ハ)鉄棒理論・・・手を伸ばすというフォームなので、これも重力の位置は関係がない。しかし身体の保持として、自然に楽な方、つまり軽いCモードになる。手を伸ばすという動きは、身体を真下に置くよりも、やや斜め下に置いた方が楽なのだ。
ニ)ティルティングおよび2点支持・・・ティルティングは身体を左右どちらかに傾けるわけで、重心を片方にはずすことになるから、まさしくCモードになる。
ホ)フラッギング・・・
へ)身体のリフトアップ・・からだのひねりこみ、ないしは胸郭の起こしであり、パラダイムの転換とは関係しない。
<動的フォームにおけるパラダイム転換>
ト)ハイステップ・・・アイドル時のフォームである正対の動的フォームだと言える。動的ではあるが、重心は常に両足のあいだにある。したがって歩行のパラダイムの枠内のBモードある。ハングの登りでは、うすかぶりの乗り込みで使うが、傾斜が強くなると使えず、ハングの基本の登りとしては適さない。
チ)カウンターバランス・・・4章のカウンターバランスで詳しく述べている。そこで見たように、カウンターバランスと呼んでいる動きには、Bモードと Cモードの2つのタイプがある。私は重心が両足の間にある前者を(1)ボルダーカウンターバランス、重心を両足の外に出す後者を(2)平衡カウンターバランスと呼んでいる。
両者の運動域の広さは状況(ホールド)によるのだが、インドアなどでは(1)が優れている。ただ、このボルダーカウンターは省力性に欠け、Cモードの(2)平衡カウンターバランス方が持続的な登りに向いている。
リ)切り返し・・・これは結局、カウンターバランスの応用である。しかし主にCモードの平衡カウンターバランスであって、重心を両足の間から右側、左側と連続的にはずす動きとなる。
以上の各種フォームにおけるパラダイム転換の位置づけを、以下にマトリクスとして示した。
<静的フォーム> | Aモード Bモード Cモード |
・ 正対 | ● |
・体側姿勢 | ● |
・鉄棒理論 | ● |
・ティルティング及び2点支持 | ● |
・フラッギング | ● |
・身体のリフトアップ |
● |
・ひねり、腰をいれる |
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<動的フォーム> |
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・ハイステップ |
● |
・カウンターバランス(平衡型) |
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・同 (ボルダー型) |
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・切り返し |
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以上述べてきたことは、あくまでフォームについてのパラダイム転換であった。しかし、実際のクライミングでは、フォームではない身体の動きにおいても、気づかないうちに、「パラダイムの転換」を自然におこなっている。
ここで「パラダイムの転換」の一層の理解のためにルーティンな(普段の)動きの例もあげておこう。たとえば次のような動きである。
・一方に傾けていた身体を、次の瞬間、反対側へ倒す。
・ステップの踏み替えを重心を変えながら大きくすばやく出来る
・スタンスに片方の足で乗り込んで、他方の足は切る
・体重移動をすばやくスムーズに出来る
・身体の軸を回転させて身体の方向を入れ替える
・立ち上がってすばやくアンダークリングにもちこむ
このいずれもの動きは、Cモードである。ただし、これらCモードのつなぎになっているのはA、Bモードは歩行の動きである。一定の重力環境から、別の重力環境に自ら入り、身体をさばき、体勢を切り替える。つまりA、B,Cのモードを交互の往復している。
それをしないで同じ姿勢で進むと、つまり「パラダイム」を変えないと、動きとしても、パワーとしても行き詰る。
さらに、壁の中で左右に荷重を切り替えて、交互の注力と脱力(休息)を行うことで、パワーのロスを防ぐと同時に、つぎの運動のきっかけを作るという作用も付随する。逆に静止し安定してしまうと、次の初動で大きなパワーが必要となり、ロスが出る。初動の連続では、身体がもたない。
クライミングでは、なによりもまず、この非日常(Cモード)のさまざまな動きを体験し、習得することが大切だ。日常の動き、日常の重力パラダイム(A、Bモード)は、ひとはみな、生まれてこの方、十分体験している。それを練習するとしても、強度としてのトレーニングだろう。
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ビギナーのクライミングの失敗の、その80-90%は、こうした「パラダイムの転換」の身体の動きの習得で起きていて、「躓(つまづ)きの石」となっている。
簡単に言うと、日常的な重力の捌き方(2足歩行の方法:パラダイム:A,Bモード)を引きずっている。新しい重力環境や動きを嫌がっている、自転車のハンドルを倒れる方向にきれない、いわば動きに保守的なのだ。
しかしこの「躓きの石」はクライミング上達のためには、かならず通過しなくてはならないもので、これを通過できなければ、ついに正対登り(登山:歩行のパラダイム)から脱出できない。スキーや自転車の例と同じである。
「パラダイムの転換」の問題は、ビギナーの問題にとどまらない。べテランクライマーにも影響はあって、これのマスターが中途半端なままだと、とんでもない癖の強い登りのクライマーが出来上がる。
こういう人は高難度も登るから、それでいいのではないか、と言えば、そうではなくて「パラダイムの転換」をもっとうまくクリアすれば、もっと登れるはずなのに、もったいない、でもいまさら戻れない、ということになる。
さらに、オーバーハングなどで顕著に現れるのだが、本当にパラダイム転換(Cモード)を自分のものにしているかどうか、中途半端でないか、壁がクライマーをチェックしてくる。Cモードを理解せず、A,Bモードから卒業出来ていないと、オーバーハングは登れない。壁の裁きは容赦がない。
そして、実際の上達のためには、登りの全過程で、このパラダイム転換をどれだけスムーズに、すばやく行なえるかがカギになる。そうすることで、変化する重力をすばやく受容しロスを回避できる。さらに、初動の際の足の踏み込みなど、次の身体の動き、展開に対応できる。